映画『溺れるナイフ』 思春期の全能感、鮮烈に
熊野が舞台で、火まつりが重要な場面を形成し、中上健次の小説の映画化かと錯覚してしまいそうだが、ジョージ朝倉(女性)の傑作少女まんがが原作である。
「5つ数えれば君の夢」(2014年)等で、20代前半でその才能が注目をあつめた山戸結希(ゆうき)監督は、初のメジャーな規模の作品を撮るにあたって、高校生のときに出会って、血肉化するほど読んできた、この原作の映画化をえらんだ。脚本は彼女と、映画監督の井土紀州。
夏芽(小松菜奈)は、東京で少女モデルとして活躍していたが、父が祖父の旅館を継ぐため、一家で海辺の町に越してきた。原作では小学6年生だが、映画は中学3年生。
立入禁止の神域となっている磯に、禁を犯してはいった夏芽は、そこでコウ(菅田(すだ)将暉)と出会う。
海からあがってきたコウに、夏芽も水にひきこまれるこの出会いの一瞬は、その後も映画のなかで何度もくりかえされる。一目ぼれといった常套的な言いかたはそぐわない。
中学校の授業でチラッとふれられる、イザナギとイザナミの出会い=まぐわいを思わせる、神話的なかがやきをはなっている。
思春期の全能感が、外がわにまでこぼれ出て、客観的にも一対の女神・男神と周囲に思わせる二人。
しかし、この出会いの黄金の一瞬が、二人をしばる。
火まつりの夜におこった事件で、全能感がみじめにくじけたあと、二人の関係は、離れたり近づいたりのくされ縁のようになっていく。町の名前が「浮雲」なのは、くされ縁映画の最高傑作である成瀬巳喜男作品へのオマージュなのか。
二人に試練をあたえる存在の出現が、あまりに唐突に機械じかけの悪玉のようであるなど、欠点も多いが、二人が愛し、苦しむ生き生きとした時間をとらえきる鮮烈さの感動がまさる。1時間51分。
★★★★
(映画評論家 宇田川 幸洋)
[日本経済新聞夕刊2016年11月11日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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