世界をつくった6つの革命の物語 スティーブン・ジョンソン著
無意識のまま進む連鎖たどる
「風が吹けば桶(おけ)屋がもうかる」。定番の古い小咄(こばなし)だ。
このプロットを、科学技術と社会の歴史的関係に当てはめてみる。これが本書の戦略である。
ただし、笑い話などではない。純粋に学問的な本なのだ。扱うのは「ガラス」「冷たさ」「音」「清潔」「時間」「光」。6つの項目だ。
それぞれの「発見」にはじまり、「技術改良」を経て、社会にかかわってゆくようすを、多くの逸話をまじえ、時系列にそって、歴史絵巻さながらパノラマ的に総覧してゆく。
著者の視座は領域横断的だ。
たとえば、物理学なり生物学なり、ひとつの自然科学分野で発見された知見が、狭い専門領域を脱し、ひろく社会に出てゆく。そうしたなかで、市民的価値観であるとか、社会の常識などといったものに、陰に陽に改変をせまる。そしてまた反対に、科学技術イメージの方も、社会がもつ文化資本から、ひとかたならぬ影響をうける。しかも、知らず知らずのうちに。
こうした双方向的なイメージ授受の関係を、歴史的かつ批判的に追ってゆく。これが本書の狙いだ。
たとえば「冷たさ」。まずは、天然氷との出合いが語られる。そして、製氷技術の開発や人工冷却装置の誕生を経て、冷たさを日常的にコントロールできるようになった社会に言及し、そこにおける、氷・冷気・製氷をめぐるさまざまな表象世界の内部構造を指摘する。
いわば、科学の社会受容史。そんな趣がある。
だが見誤ってはいけない。著者の目論見(もくろみ)は、そこで終わるのではない。
著者が真にあぶりだしたかったのは、こうした社会的表象の連鎖が、いかに多様なものであり、いかに無意識のうちに進行するものであり、だから、放っておけばいかに危険なものになるかという潜在的可能性である。
製氷技術の誕生により影響を受けるのは、なにも直接氷にまつわる領域ばかりではない。精子バンクの現実性、家族観の根本的変容、生命倫理のジレンマなど、およそ黎明(れいめい)期には夢想だにできなかった次元にまで、影響をあたえてしまう。そんな間接的連鎖を認識することの重要性である。
たんなるカオス理論の「バタフライ効果」としてではない。学際的分析の労をいとわず、最後まで論証可能性を信じて探究する。そんな醍醐味が伝わる一冊である。
(早稲田大学教授 原 克)
[日本経済新聞朝刊2016年10月2日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。