「決め方」の経済学 坂井豊貴著
民意を反映した選挙は可能か
現代社会は、選挙や投票などの制度によって成り立っており、「決め方」次第で歴史が変わることもある。そして、決め方の代表格である多数決も実は万能ではなく、多くの欠点を内包し、悪用もされうる……。本書は決め方という政治のテーマを経済学的な視点から分析し、「正しい決め方とは何か」を問うもので、選挙や安保法制問題など時事問題にも触れながら、物事の決め方を分かり易く説いた好著である。
著者はまず、単純な多数決を採用する現行の選挙制度の多くが、その構造的な欠陥のため必ずしも民意を的確に反映しないリスクを指摘する。特に「票割れ」が起こると多数決はうまく機能せず、民意とかけ離れた結果をもたらす可能性がある。その典型例として2000年の米大統領選で、本来は民主党のゴア氏が当選すべきところ、第3の候補の出現で票割れが起こった結果、共和党のブッシュ氏が勝利したことを挙げている。
選挙制度次第では、イラク侵攻はなかったかもしれないという。こうした矛盾を防ぐためには、上位2者で決選投票をする方法、選挙の投票用紙に2位以下も記入し加重スコアリングを付ける方法(ボルダルール)、一騎打ちの総当たりトーナメント方式などがあるが、方法によって結果は全く異なる可能性がある。著者は、それぞれの長所、短所を具体例を用いて分析し、ボルダルールが相対的に優れている点を強調する。
次に、国会など意思決定の場で、賛成、反対の多数決を行う場合、正しい判断ができるための条件について論じる。多数決の結果が正しくなる確率は数理的に計算が可能であるが、それには投票者全員が自律的に判断をするなど、いくつかの前提条件がある。党議拘束などはこの原理に反することになる。また、世の中には多数決以外の意思決定方式が必要な分野もある。マンションの自治会など身近な事例から、個人と社会や国家の関係など哲学・倫理学に関わる領域まで、見識あふれる明快な議論が展開される。
現在の選挙制度に欠陥があるとしても、改革は簡単には進まないとすれば、どうすればよいか。著者は、長期的な改善への布石として、マスメディアによる世論調査がより多様な手法を用いることにより、民意と議席配分との差を明らかにすることなどを提案している。私たちがともすると無自覚に受け入れている「決め方」について、原点に立ち返って考えさせてくれる啓蒙書である。
(経済評論家 小関 広洋)
[日本経済新聞朝刊2016年9月18日付]
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