あたらしい名前 ノヴァイオレット・ブラワヨ著
子供の暮らし 細部がリアル
またスター誕生だ。作品は少女のつぶやきをクレヨンと水彩で描いた絵画のよう。
語り手のダーリンは10歳、パラダイスという貧しい地区に住んでいる。以前は学校へ行っていたし「煉瓦(れんが)でできたホンモノの家」にも住んでいた。でもいまはみんな腹ぺこ。子供たちが群れをなして襲撃するブダペストは、白人や黒人富裕層の住んでいた地区だ。でも失政による天文学的インフレのために住人が海外へ脱出してどこも空き家。そんな屋敷の庭にあるグァバの実を採るため、子供たちは走って走って、笑って笑う。
長い解放闘争の末に、英国が断末魔に擁立したスミス白人政権を倒して、1980年に独立したジンバブエは「南部アフリカの希望の星」と呼ばれたが、作品の舞台となる2000年代初めには人々が国外から家族に仕送りをして生き延びるような状況だった。ダーリンもおばさんを頼って「世界に君臨するボス猿」アメリカへ渡ることを夢みる。
子供の渇いた、容赦ない目が暮らしの細部をとてつもないリアルさで見つめる。ブルドーザーで破壊される家々、命がけの投票、改革を叫んで殺害される若者の葬儀などが、抑制のきいた筆でさらさらと描かれていく。大卒なのに南アフリカへ出稼ぎにいった父さんは急に骨だけになって帰ってきて死んでしまうし、11歳の友達チポのお腹(なか)は日増しに大きくなるし(いったい誰のせい?)。タイトルはチポのお腹の中身をなんとかしなくちゃ、と子供たちが聞きかじりの知識をもちよる章から採られていて、胸を突かれる。
やがてダーリンの夢がかない、場面は骨まで切り込む寒さのデストロイド・ミシガンへ。そこはダイエット、イエス・ウィー・キャン、ポルノビデオの、移民の国だった。アメリカを描く筆もジンバブエを描く筆もあくまで等価。深みを避けて皮肉のきいた比喩でくすりと笑わせる。そこが上手(うま)い。
81年生まれの著者がこの初の長編小説でブッカー賞最終候補に残った3年前、ステージでなまりの強い英語を堂々と朗読する姿は、昨年他界したチェンジェライ・ホーヴェの国からの新星誕生を伝えて感動的だった。
アフリカ出身の作家は作品内にさまざまな母語を埋め込むことが多く、この小説にもンデベレ語らしき音がふんだんに盛り込まれて臨場感を出している。そんな新しい響きの英語文体を駆使して、南部アフリカや米国社会を描き出すノヴァイオレット・ブラワヨさん、はじけるような日本語でようこそ!
(翻訳家 くぼた のぞみ)
[日本経済新聞朝刊2016年9月4日付]
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