日常を探検に変える トリスタン・グーリー著
世界を新鮮にとらえて伝える
芸術家から研究者まであらゆる先人の言葉を引きながら、自明と思われる事象からいかに新しい発見を導き出すことができるのか、それを本書は丹念に追っている。キーワードは30近い。植物、山、海、氷、土、動物、光、空、時間などによって章が分かれ、誰もが知っている(と思い込んでいる)これらの存在の中に、驚きや出会いに繋(つな)がる萌芽(ほうが)がどれほど溢(あふ)れているか。そのことを自身も探検家である著者が、探検のフィールドに一見なりえないようなありふれた場所を旅しながら、ひもとく。
「誰もめったに踏み込まないような場所で自分を苛(いじ)める斬新な方法を見つけ」るのも探検だが、「何度も人が足を踏み入れてきた場所で何らかの発見をし、それを創造的手段を使って人々に知らせること」も探検である、と著者は言う。そして、本書で取りあげているのは無論後者のほうだ。
子どもの頃は、学校への往来さえもが探検になりえた。ぼくは小学生の頃から電車に乗って通学していて、朝は満員電車でもみくちゃにされていた。サラリーマンの腰あたりの高さから人々を眺めるだけでも驚きに溢れていて、それは北極やヒマラヤなどの見知らぬ世界に身を置いたときの驚きと、究極的には同じだと思っている。
大人になるにつれて、駅は通過地点となり電車は移動手段に過ぎなくなるが、たとえ遠い非日常の場所まで行かずとも、日常のなかに身を置きながら、視点を変えれば新しい世界と出会うことはできる。いつも見ているのとは異なる層に滑り込んで、目の前に未知の風景を引きずり出す。それこそが真の探検家の為(な)すべきことだと思っていたので、著者が言わんとしていることはすとんと腑(ふ)に落ちた。
ぼくが目を見開かれたのは、こうしたナチュラル・エクスプローラーは、日常を探検に変えるだけでなく、それを伝えようと努力しなければならないという考え方だ。でなければ、探検家ではなく旅行者であるしかない、と著者は説く。子どものような目をもって世界を新鮮にとらえながら、内に留(とど)めるのではなく、いかにして他人と分かち合うか。そこに重きを置いて、フンボルトやダーウィンやソローといった人々の言葉を具体例としてふんだんに引用しているところが、本書の面白いところだろう。
「普通の生活」に息苦しさを少しでも感じることがあるならば、本書を手に取ることをお勧めする。もしかしたら、読後、目の前にある世界の見え方がほんの少しだけ変わるかもしれない。
(写真家 石川 直樹)
[日本経済新聞朝刊2016年8月28日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。