神経ハイジャック マット・リヒテル著
情報端末の脳への刺激を調査
人の注意力は無限ではない。携帯電話の操作と自動車の運転は同時にはできない。常識で考えればわかることだ。
だが、運転中の情報端末操作による事故はなくならない。なぜか。端末操作が人間にとって強烈な報酬となっているからだ。当人が自覚している以上に。
本書は、米ユタ州で1人の若者が運転中に起こした交通事故を縦軸としている。巻き添えになって2人が亡くなった死亡事故だ。後にこの事件が1つのきっかけとなり、運転中の携帯メールが違法になった。横軸では、通信ツールやネットワーク技術が人間にとってどんな意味を持つものなのかを考察している。
扱われている事件は1つだけだ。事件を引き起こした若者の内心の描写は抑えられている。彼はおよそ2年、事故のときにメールしていたことを話していなかった。著者は、彼はその自覚がなかったからとしているが、どうだろう。
彼はいま、事故当時のことを振り返り、危険性について講演してまわっているという。だが亡くなった人は生き返らないし、遺族の人生が元へ戻るわけでもない。後悔しても遅いのだ。
本書の事件発生は2006年。当事者の若者が使っていたのはスマートフォンではない。
スマートフォンはもっと強力に人の注意システムに働きかける。家族や恋人、友人たちと社会的つながりを維持し続けていたいという欲求は原初的本能で、あらがいがたい。
しかも大切な人からのメールは誰でもすぐに返事したくなる。本書で紹介されている神経経済学の実験によれば、若者にとって情報の価値は金銭の価値を上回っており、短時間で返信しないと価値を失ってしまうという。脳のなかで、そのように価値付けられているのだ。
やる気や快感をつかさどる脳内の報酬系は、自分の考えを他人に公開することにも刺激される。情報を共有すること自体が脳にとっては報酬なのだ。若者がSNSを頻繁にチェックしている理由がここにある。
情報端末をさわっているとき、スクリーンをタッチし、文字や写真がひらめくたびに、人の頭のなかでは報酬系が刺激されているのだ。それが知人とのやりとりなら、なおさらだ。これを著者は「神経ハイジャック」と呼んでいる。
ツールによって人は「ハイパーソーシャル」になれる。だが、メリットだけでなく犠牲もあることを忘れてはならない。節度と嗜(たしな)みが必要なのだ。技術と付き合うにはそれしかない。
(サイエンスライター 森山 和道)
[日本経済新聞朝刊2016年8月7日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。