笑った最後にゾッ 映画「帰ってきたヒトラー」
主演俳優も監督も無名。しかもハリウッドに比べてなじみの薄いドイツ映画。そんなハンディをよそに、映画「帰ってきたヒトラー」が話題を集めている。アドルフ・ヒトラーが現代によみがえり、ものまねタレントと勘違いされて大人気になるという際どいコメディーだ。6月中旬に日本公開すると、満席になる映画館が相次いだ。当初全国16だった上映館は、ピークの7月中旬には42館に拡大した。
ドイツのベストセラー小説を映画化した。タイムスリップし、ベルリンの総統地下壕(ごう)跡近くで目覚めたヒトラー。戦争で破壊されたベルリンの街は繁栄し、ブランデンブルク門ではものまねと誤解され写真撮影をねだられ驚く。新聞の日付を見ると2014年。彼に目をつけたさえないテレビマンが、番組に担ぎ出し起死回生を狙う。
「ポーランドがまだあるとは」と仰天し、インターネットに「アーリア人の発明が見てとれる」と感心するヒトラー。現代の「緑の党」に共鳴し、極右政党に押しかけて説教する。突然現れた過去の人の時代錯誤が笑いを誘う。だが一方でヒトラーはテレビやネットが「プロパガンダに使える」と見抜く。ものまね芸と思って笑っていた人々も、貧困や移民などの問題に触れ「生き残りをかけてドイツを浮上させる」と力強く語る彼に心をつかまれていく。
「笑って見て最後にゾッとした、という観客が多い」と配給会社ギャガの佐々木建二氏。中高年層が多い普段の洋画上映に比べ「若い人やカップルなど客層が幅広い」という。佐々木氏はヒットの要因を「社会情勢に合った」とみる。難民問題や極右の台頭。「原作の出版は12年だが、そこに描かれた欧州の不安が現実味を帯びてきた」。英国のEU離脱や日本国内の参院選や都知事選など政治に対する関心の高まりも後押ししたという。
主演オリヴァー・マスッチがヒトラーの扮装(ふんそう)のまま街に出て、一般人と語るドキュメンタリー映像が随所に挿入される。人々のドキリとする本音が映画にスリルを加えた。舞台出身のマスッチは「顔を知られていない実力派」として抜てきされ、デヴィッド・ヴェンド監督はドキュメンタリー映像のアイデアを買われての起用となった。
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[日本経済新聞夕刊2016年8月3日付]
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