すし・鍋… 宮崎県小林市のユニークなチョウザメ料理
透明感ある白身、コリコリした歯応え
チョウザメの卵のキャビアは世界三大珍味の一つとして人気が高いが、実はチョウザメの魚肉も欧州などでは古くから高級食材として珍重されてきた。宮崎県は30年以上前にチョウザメ養殖に取り組み、今では日本有数の産地。なかでもチョウザメ養殖の中核拠点である小林市はユニークなご当地グルメで地域をアピールしている。
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小林市は県南西部の山あいにある。「サメなのに海ではなく、なぜ山にいるのですか」。小林商工会議所会頭で小林チョウザメ・キャビア協議会会長でもある熊ノ迫文夫さん(71)に尋ねると「チョウザメはサメとは全く違う魚です」とにっこり。チョウザメ科に属し、淡水で育つという。
宮崎県がチョウザメ養殖を始めたのは1983年。旧ソ連との漁業科学技術協力の一環で日本導入が決まり、県は小林市にある水産試験場内水面支場で200匹を受け入れた。同支場は昭和の名水百選に選ばれた市の「出の山湧水」を利用しており、現在は親魚、幼魚、稚魚合わせて2万4千匹を育てるまでになった。
「きれいな水で育てた小林産チョウザメは特に味がいい。市の宝です」と熊ノ迫さん。市と地元経済界は「チョウザメのまち小林」を掲げ、3年ほど前からイベントやイメージキャラクター作りなど様々なPR活動を始めた。その目玉がご当地グルメ開発だ。市内の飲食店やホテルなどが協力して試行錯誤を重ね、2つのメニューを商品化した。
まず「チョウザメにぎり膳」。シロチョウザメのにぎりずしに、頭や皮からとれるコラーゲンを入れた鍋、軟骨空揚げ、吸い物が付く。すしは生、あぶり、創作の3種類。市内6店で提供しており、独自の味付けや副菜も楽しめる。
湧水のある出の山公園内の料理店「出の山いこいの家」でにぎり膳をいただいた。生の魚肉は白身で透明感があり、コリコリした歯応え。味は淡泊で小皿に盛られたゆず塩がお薦めだ。切り身を鍋でゆでるとフグのような味わいになる。
自らチョウザメをさばく坂本宇一郎社長(44)は「腹骨とエラ以外は食べられる無駄のない魚。味にクセがなく和洋中どんな料理にも使える」と説明してくれた。店では甘酢あえ、刺し身、かぶと煮、軟骨空揚げ、お茶漬けなどチョウザメのコース料理(3人以上で要予約)も提供している。
道の駅「ゆーぱるのじり」のレストランでもにぎり膳は人気メニューだ。創作すしは自家製梅肉のせで、鍋は寄せ鍋。土産物売り場の一角に置いた水槽ではチョウザメが元気に泳いでおり、来店客が興味深そうにのぞきこんでいた。木脇一弘支配人(59)は「チョウザメを小林名物として売り込み、観光客の誘致につなげたい」と意欲をみせる。
もう一つのご当地グルメは弁当の「チョウザメ炙(あぶ)りちらし」。あぶったシロチョウザメとシベリアチョウザメの切り身をのせた2種類のちらしずしだ。販売している2店のうち「弁当のくま扇」で購入した。シロチョウザメにはレモンを、シベリアチョウザメにはかば焼きだれをかけて食べる。こんがりあぶった切り身は香ばしく、すし飯との相性もいい。
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ご当地グルメで使うチョウザメはすべて市内の養殖業者が水産試験場から稚魚を仕入れて育てた地元産だ。いこいの家の坂本さんも県の技術指導を受け、市内の自家養殖場で約2500匹を養殖している。「市内の飲食店がチョウザメを使ったいろんな料理を提供すれば、小林が県内外でもっと注目される」と今後の広がりに期待する。
いこいの家は観光客の土産用に昨年春、食品加工会社のニッチフーズ(宮崎市)と共同でレトルト商品「チョウザメコラーゲンカレー」を開発した。地元産チョウザメを煮込んで抽出したスープを加え、まろやかな味に仕上げた。道の駅ゆーぱるのじりなどで販売している。地元ではさらに加工食品や関連グッズの商品化に力を入れる計画だ。
河野俊嗣知事(51)は自ら県産キャビアの写真をあしらった名刺を持ち歩く。小林商工会議所の津曲敏春・相談所長兼指導課長(54)は「チョウザメといえば小林市といわれるぐらい観光・産業の両面で活用したい」と意気込んでいる。
宮崎県はチョウザメとキャビアを新たな特産品として売り込んでいる。チョウザメ養殖業者で構成する宮崎キャビア事業協同組合は2013年に「宮崎キャビア1983」を発売。今年度は450~600キログラムの生産を見込む。同協組が5月に株式会社化して発足したジャパンキャビア(宮崎市)は香港やシンガポールへの輸出も計画中だ。
県産キャビアは5月の伊勢志摩サミットで各国首脳の食事に使われるなど注目され始めた。いこいの家も04年から独自ブランドの「皇帝の涙」を販売している。
(宮崎支局長 土居輝行)
[日本経済新聞夕刊2016年7月12日付]
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