戦地の図書館 モリー・グプティル・マニング著兵士に自由に本読ませた米国

戦地の兵士を支えるものはなにか。食糧、水、医薬品、安全な寝床。そうした物の他に、なによりも書物が精神の糧として必要だと米国は考え、第2次世界大戦中の戦勝運動の一環として、「兵隊文庫」を創刊し、本を戦地に送り続けた。

(松尾恭子訳、東京創元社・2500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

表現力と想像力は人間の尊厳の礎だ。かつての強制収容所や刑務所は、まず収容者から読み書きの手段を奪った。人間にとって最も大事な知的活動を封鎖され、生きる気力が失われていく。アウシュヴィッツの生還者プリーモ・レヴィはそれを「人間性の壊死(えし)」と呼んだ。

ナチスによって、「純粋なドイツ人」らしからぬ1億冊の本が焚(ふん)書(しょ)されたといわれる。そうして人の心を支配しようとするナチスの心理戦に対抗するため、米国はシェイクスピアやディケンズなどの名作や詩集、ミステリ、娯楽本までを兵士に送り届けた。戦地で読書の習慣に目覚め、復員後、大学に通う元兵士もいたという。

「私たちは皆、本が燃えることを知っている――しかし、燃えても本の命は絶えないということも良く知っている。人間の命は絶えるが、本は永久に生き続ける。いかなる人間もいかなる力も、記憶を消すことはできない」と、ルーズヴェルトはアメリカ書店協会に手紙を書き送った。ヒトラーは書物や文学の言葉が人を動かすこと、その脅威を知っていたからこそ、死にもの狂いで本を燃やしたのだ。そのメモリサイド(記憶の虐殺)に対抗するのが、兵隊文庫だった。兵士のポケットに入って多くの欧州文学が欧州に帰還した。

戦地に送る文庫は検閲を行わず、自由に本を兵士に読ませた。敵国ドイツのトーマス・マンの作品もあった。衝撃的なのは、映画「コレヒドール戦記」の原作「They Were Expendable(彼らは使い捨て)」という本だ。戦時図書審議会の「必須図書」の第1弾としてこの本を選んだところに、米国の戦争との向き合い方が表れているのではないか。同書は「日本軍が迫る敗色の強いフィリピンで戦った4人の兵士の視点」で書かれ、兵士が「捨て駒」として容赦なく消耗されるさまが、戦いを美化することなく描かれるのだ。兵士には世界で起きていることを知る権利があるという考えから、推薦図書となった。

兵隊文庫として1億2300万冊あまりが出版され、戦時中に失われた1億冊を上回る数字となった。本書巻末の兵隊文庫リストが圧巻だ。ちなみに、邦訳のないものも多く、翻訳大国の日本も知らないアメリカ文学史が見えてくる。

(翻訳家 鴻巣 友季子)

[日本経済新聞朝刊2016年7月3日付]

戦地の図書館 (海を越えた一億四千万冊)

著者 : モリー・グプティル・マニング
出版 : 東京創元社
価格 : 2,700円 (税込み)

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