歌集「キリンの子」 過酷な体験、生きた言葉で

歌人・鳥居の第1歌集「キリンの子」(KADOKAWA)が異例の売れ行きだ。初版の発行部数は500、多くて800~1千といわれる歌集の世界で、2月に初版2千部を刷った後、4度版を重ね、発行部数は計1万3千部にのぼった。
鳥居の歌をふちどるのは、自身の過酷な体験に基づく痛みや悲しみ、声なき叫びだ。
あおぞらが、妙に、乾いて、紫陽花が、路に、あざやか なんで死んだの
干からびた みみずの痛み想像し 私の喉は締めつけられる
小学5年の時に母親が自殺。児童養護施設では虐待を受け、預けられた里親の家を飛び出して路上で寝泊まりした時期もあった。今も複雑性心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ。世の中には義務教育を満足に受けられなかった人もいるとの思いから、成人してもセーラー服を着ている。
難しい漢字は養護施設の職員が読み終えて捨てた新聞を拾い、独学で覚えたという。DVシェルターに避難していた頃、立ち寄った図書館で穂村弘の歌集を手に取り、短歌と出合った。2012年から創作を始め、現代歌人協会が主催する「全国短歌大会」に応募して佳作に選ばれるなど、少しずつ投稿の場で注目を集めるようになった。
歌集と同時にノンフィクション『セーラー服の歌人 鳥居』(岩岡千景著、KADOKAWA)が出版されたこともあり、当初は生い立ちや外見が話題を呼んだが、本の息長い人気を支えているのは歌人としての実力だ。作家の星野智幸は「鳥居さんの短歌には生きることの苦しさや社会的なテーマが、生きた言葉で歌われている」と評価する。
13年に、主宰する「路上文学賞」の選考で鳥居の作品に触れ、感嘆した。「自分の苦境を、言葉だけを盾とよろいとして乗り切ってきた。文字通り言葉があったから生きてこられた。そのことが読む人にストレートに伝わるから、読者が広がっているのだろう」(星野)
KADOKAWAには「弱いままでもいいと気付かされた」「勇気づけられた」などの反響が寄せられている。31文字に命を託し、絶望の底から光を見上げた女性の言葉が、傷ついた人々の心を静かに揺さぶっている。
(近)
[日本経済新聞夕刊2016年6月29日付]
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