AI、小説の大海原に乗り出す 作家誕生の日はいつ?
星新一賞の1次突破
人工知能(AI)は様々な分野で注目を集めており、小説執筆もその一つ。3月に受賞作が発表されたショートショート(超短編)の新人賞、第3回星新一賞(日本経済新聞社主催)ではAIが関わった作品が1次審査を突破、「AI小説」が一定のレベルに達していることを示した。「AI作家」誕生の日は近いのか。
「コンピュータープログラムを作るにはアルゴリズム(手順)が必要。しかし単語をどう並べたら意味が通る文として成立するかという法則はまだ分かっておらず、ましてや文の並びである文章作成の法則となると絶望的だ。しかし、多くの文章には典型的なパターンがあり、それを見いだすことで短い文章ならばコンピューターに書かせることができた」
AI研究プロジェクト「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」で文章作成を担当する一人、佐藤理史・名古屋大学教授はそう話す。星新一賞に応募した2作のうち「コンピュータが小説を書く日」はAIが小説執筆に至るまでの経緯を描く。あらすじは佐藤氏が考えたが、AIのタイプや仕える相手、その日の状況などはコンピューターが整合性を判断して文や語句を選んだ。
構想してから執筆するまでを小説創作の過程と考えるなら、佐藤氏らの試みは後半をコンピューターに任せたものだ。一方、前半を任せたのが鳥海不二夫・東京大学准教授を代表とする「人狼(じんろう)知能プロジェクト」によるAI小説。集団に紛れ込んだ敵を会話を通じて明らかにする心理ゲーム「人狼」をAIに何度もプレーさせ、その中からスリリングな展開を選んであらすじとした。文章化は鳥海氏が担当した。
破綻なく形整う
「『事実は小説より奇なり』を狙ったもので、ある程度面白いストーリーは作れたと思う。どういった展開が興味深いかを絞り込む作業も一定程度自動化している。次は文章力のある人間がまとめたら、星新一賞でももっと上を目指せると思う」と鳥海氏。
AI小説に関してファンタジー評論家の小谷真理氏は「破綻がないし、形式的にも整っている。新人賞の公募作は人間が書いていても小説の形になっていないものが含まれるので、AI小説が1次審査を突破しても不思議はない。ただ受賞に至るにはキラリと光るオリジナリティーが求められるのでは」とみる。
コンピューターが構想から執筆までの全工程を手がけるAI小説への期待も高まる。「きまぐれ人工知能プロジェクト」の代表、松原仁・公立はこだて未来大学教授は「今は役割分担でいえば、人間8割、AI2割といった状況だが、将来は人間が関わらないAI小説を目指したい」と話す。
松原氏らはSF御三家と呼ばれた作家のうちの2人、星新一と小松左京の作品データの提供を受け、AI小説の研究に生かしている。「作家はいろいろ考えた上にストーリーを作り、その前にアイデアは数十万ぐらい思い浮かべる。コンピューターはランダムな組み合わせを考えるのは得意。膨大に作ることで新しいものが生まれる可能性はある」と期待する。
どんな小説を良い作品と見なすのか、評価基準をいかにAIに持たせるかも課題となる。「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトにも参加している佐藤氏は、小説の読解問題をコンピューターに解かせる難しさを実感した。「今のところ何とか読めるのは一文レベルで、とても文章としては読めない」。それは評価基準作りが容易でないことを示している。
一方で「小説の面白さを判断する基準はたくさんあるので、簡単でないのは事実。でもオンライン書店で検索条件に応じてお勧めの本が表示されるように、読み手の関心を判断材料にすることもありうる。複数の評価関数を考えることで実現できるはず」(鳥海氏)といった声もある。
執筆支援に期待
日本SF大賞などを受賞した長編「オービタル・クラウド」で知られる作家で、日本SF作家クラブ会長の藤井太洋氏は「AI小説はここまで来たのかという印象を受けた。今は人間がよくやるのと同じ方法で執筆させようとしているが、一枚の写真を見せることでラストシーンから書いていくAIもありうるのではないか」と話す。
藤井氏は小説執筆にアイデアの整理や構成の見直しを支援するソフトを活用しており、将来はAIによる執筆支援を期待する。もっとも、AI作家の登場には時間がかかると予測。「AIの書く文章が増え、それが当たり前になったとき、やっとAI小説は読まれる。それには一世代ぐらいかかる」とみている。
(編集委員 中野稔)
[日本経済新聞朝刊2016年6月18日付]
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