音楽療法で健やか 手軽な楽器演奏、旋律に乗り運動
認知機能の改善実証、被災後のケアにも
「音楽に合わせて足踏みしてみましょう」「声を出して一緒に歌いましょう」
音楽療法の研修を積んだ指導員が参加者に声をかける。東京都葛飾区がヤマハ音楽振興会(東京・目黒)と協力してこの5月から始めた「まちかどエクササイズ」のひとこまだ。毎週火曜日の午前、1時間半のプログラムに65歳以上の区内在住者40人が参加する。全8回で費用は1600円。応募者は80人を超え、抽選で参加者を絞ったという。
音楽に心と体を元気にする力のあることは古くから指摘されてきた。しかし基準となるプログラムはなく効果を評価する方法もまちまち。定着に向けての課題だった。音楽療法に詳しい三重大学の佐藤正之准教授は「客観的なデータを取って医療や福祉に生かそうとする研究が、2010年ごろから世界で活発になってきた」と、変化を感じている。
佐藤准教授はヤマハ音楽振興会と協力し、三重県の御浜町と紀宝町に住む65歳以上の健康な高齢者を対象に音楽体操プログラムの効果を調べた。11~12年にかけて週1回、約1時間のプログラムに参加した40人を、音楽は無しで体操を続けた40人や何もせずに検査だけ受けた39人と認知機能の1年後の変化を比べた。
結果は明らかだった。音楽と運動を組み合わせたプログラムが、認知機能の維持や改善に最も効果があった。「音楽があってリラックスでき楽しく過ごせた」や「意識して体を動かす習慣が身につき姿勢がよくなった」などと参加者にも好評で、実験を終えた後に有料化してプログラムを続ける人がいるという。
自治体の支援を受けて多彩な活動を続けているのは兵庫県音楽療法士会(神戸市)だ。阪神大震災後の県民の心のケアを目的に02年に発足、音楽療法士を育成し認定してきた。当初27人だった会員数は250人にまで増えた。
発足当初から続く活動は介護福祉施設に出かけて開く参加型のコンサートだ。一緒に歌うコーナーや、振るだけで鉄琴に似た音が出る「トーンチャイム」を使いグループで旋律を奏でるプログラムを組み込む。普段話さない人が声を出したり、ふらつき回りがちな人が集中したりと、この時だけは変化がみられ、施設に歓迎されている。
発達障害の子どもたちを対象にした音楽療法にも力を入れている。音楽が伴うと、どの子も耳を傾ける。松崎聡子理事長は「不安を和らげ、自己表現力を高めるようだ」と利点を説く。
11年から加わった活動は被災地の復興支援だ。東日本大震災の被災地の介護福祉施設を年に3回訪問するほか、兵庫県に避難している人たちを対象に「音・きずなコンサート」と題した参加型の無料音楽会を年1回開いている。「音楽療法を広めるきっかけにしたい」(松崎理事長)という。
音楽が加わるとなぜ効果が高まるのだろうか。三重大の佐藤准教授は「曲のリズムやテンポを聞いて体の動きと合っているかどうかを判断する。無意識のうちに脳が活発に活動する影響が大きい」と解説する。ただし認知症が進行するなど状況によっては、効果は限られてしまう。佐藤准教授は「高い期待は禁物だ」と付け加える。
導入にも注意が必要だ。音楽には好き嫌いがつきもの。人によっては、特定の曲に嫌な思い出が重なる場合もある。「音楽療法を始める際、事前に問題はないか聞いて確かめる」(佐藤准教授)のは大前提だ。
被災地で活動するときは現地の状況に配慮しなければいけない。衣食の生活基盤が回復していないときに「音楽療法で心のケア」と唱えても押しつけになるだけだ。松崎理事長は「始めるタイミングはいつがよいか、細心の注意を払った」と振り返る。
高齢者比率は高まり社会から受けるストレスも強まる。健康増進に音楽療法を役立てたいと、関係者は願っている。
(編集委員 永田好生)
日本では医師らを中心に日本バイオミュージック研究会(現在は日本音楽療法学会)が発足し、福祉や教育分野で利用され始めた。学会は音楽療法士を国家資格にするよう厚生労働省などに要望している。
[日本経済新聞夕刊2016年6月2日付]
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