電子天びんで虫の体重測定 1万分の1グラム単位まで
吉谷昭憲
まずは、ちょっとしたクイズといこう。
テントウ虫1匹の重さとつりあうのは、どれ?
(1)切手(2)つまようじ(3)一円玉。
正解は切手1枚分と同じ、0.05グラム。想像以上に軽くて、びっくりしたんじゃなかろうか。チャンスがあれば、手のひらに載せてみてほしい。トコトコと歩く脚の動きは感じても、重さは全く感じないはずだ。
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50歳から量り始める
昆虫図鑑や絵本のイラストを描いて暮らしている。趣味は昆虫観察。50歳の時に昆虫の体重を量り始め、15年で1200種類、3700個体以上を記録した。いつか日本中の昆虫を調べ、本にまとめたいと考えている。
きっかけは、1万分の1グラムまで量れる電子天びんを手に入れたこと。そのころ働いていた化学メーカーでお払い箱になったものを、譲ってもらった。何を量るかといえば、虫。図鑑に体長は載っていても体重はなく、ずっと気になっていた。
まずはテントウ虫を量ろうとしたが、途中で飛んでしまう。あれこれ試行錯誤して、文具店でおあつらえ向きのものを見つけた。粘着テープがついた小さな透明の袋だ。虫を入れ、封をして、天びんに乗せれば計測成功。虫を取りだして袋を量り、引き算する。
結果は0.05グラム。目を疑った。一円玉くらいだろうと思っていたのに、その20分の1しかない。面白くなっていろんな種類を次々と量った。
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アメンボ0.028グラム
オオムラサキ1.45グラム、アメンボ0.028グラム――。その年の年賀状には、虫の重さを書いた。これが大反響で、北海道大の出版会から「本にしたら絶対、面白いですよ!」と電話までかかってきた。うれしくて、ますますのめり込んだ。
生まれは山口県。家にテレビもない時代で、友達と虫捕りして遊んだ。中学で東京に引っ越しても情熱は続いた。道を究めようと東京農業大に進み、昆虫学を学んだ。
卒業しても就職する気がおきず、としまえんの昆虫館でアルバイトをした。実は学生時代、スケッチに役立つと考え、独学でイラストを学んでいた。その腕を見込まれ、展示パネルの絵を任された。出版社の方の目にとまり、イラストの仕事を受けるようになった。
大好きな昆虫の絵を描いて幸せな日々。しかし子どもが生まれるとそうも言っていられず、就職した。道ばたで虫をつかまえるため、12キロの道のりは自転車で通った。
10年あまり勤めた頃、出版社から絵本制作の話が舞い込んだ。やっぱり虫の仕事がしたい。会社をスパッとやめた。虫の体重を量り始めたのは、その5年ほど前だ。
測定を続ける中で、たくさんの発見もあった。例えば翅(はね)の大きさが同じくらいの蝶(ちょう)でも、オオムラサキはアサギマダラの6倍の1.45グラムもある。
前者は樹液を吸っている時にほかの虫が近づくと、羽をバサバサさせて追い払う。小さなからだに筋肉をギュッと詰め込んでいるんだろう。後者はフワフワと遠くまで飛ぶのが特徴。そのために細く軽くなったのだろうか。重さと行動を結びつけて、生命のふしぎに想像を巡らすのが面白い。
プーンと飛んでいるヤブ蚊を見て、「血を吸う前後でどうなるかな」と思いついたこともあった。まずは腹ぺこの状態で測定。それから腕の血を吸わせ、お腹がプクーッと膨らんだのを見届けたその時、蚊が逃げてしまった。赤く腫れた腕を悲しい気持ちで見つめつつ、虫かごから別の蚊を取りだす。実験に失敗はつきもの。虫刺されなんて、なんのその。
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蚊は血を吸うと2倍に
すると面白いことがわかった。血を吸った蚊は0.0028グラムで、およそ2倍。自分と同じ重さの血をお腹に入れて、スイスイと飛ぶ。虫は私たちが考えているより、ずっと力持ちなのだ。
電子天びんは少しの風でも影響を受けるから、クーラーも付けられない。夏は窓を閉め切り、汗をかきかき測定する。かなり集中するので、1日30匹が限界だ。いろんな虫を手に入れるため、新潟に半年間住んで測定に打ち込んだ時期もある。福音館書店の方が興味を持ってくれ、この4月に、子ども向け月刊誌「たくさんのふしぎ」シリーズで「昆虫の体重測定」という絵本を書いた。
何のために量るのか。そんな疑問をお持ちの方もいるだろう。重さを比べれば、新たな研究のきっかけになるかもしれない。研究を裏付ける可能性だってある。
しかし、そんなことは私にとって、どうでもよかったりする。小さな虫の、1匹1匹の体重が違う。とても量りきれないほどの、無数の虫がこの世界にはいる。そこにロマンを感じるという、ただそれだけのことなのだ。
(よしたに・あきのり=イラストレーター)
[日本経済新聞朝刊2016年5月4日付]
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