災害時、医師がチーム指揮 広がるコーディネーター患者情報を一元集約

東日本大震災から11日で2年半。大震災などを教訓に、災害発生時に医師が地域の医療活動を取り仕切る「災害医療コーディネーター」の設置が全国の自治体で広がっている。大規模災害時に地域の患者情報を一元的に集めながら、被災地外から訪れる医療チームを指揮する「司令塔」の必要性が深く認識されたのがきっかけだ。コーディネーターは平時も訓練に取り組み、災害発生時に円滑に動ける体制作りを急ぐ。
災害医療コーディネーターが参加した訓練では、医療チームが負傷者の搬送などを試みた(8月31日、和歌山県の南紀白浜空港)

「県の災害医療本部を立ち上げます」。8月31日午前8時、南海トラフ大地震の発生を想定し、和歌山県の「災害医療コーディネーター」3人を含む計10人が県庁に参集した。「発生時刻」の午前7時から1時間以内に「司令塔」を立ち上げた後、メンバーは負傷者の搬送訓練などを行う病院や空港に向かった。

見学した病院は高台にあるが、海に近いため津波で周辺が浸水する可能性が高い。コーディネーターの1人、日本赤十字社和歌山医療センターの中大輔・医療社会事業部長は「患者搬送や医療物資の運搬にはヘリコプターが有効だと痛感した。現場を知っていれば災害時に本部から支援もしやすい」と話す。

和歌山県が「災害医療コーディネーター」を配置したのは、昨年7月のことだ。2011年9月の紀伊半島豪雨で山間部の複数の集落が孤立した際、現地入りした医師が人工透析が必要な高齢者らを確認。「急いで治療が必要」という判断を受け、県がヘリコプターで患者を医療機関に搬送した経験がコーディネーター配置につながったという。県福祉保健部医務課地域医療班の貴志幸生班長は「行政だけでなく、医療の専門家が加わって情報収集や判断をすることが、県民の命を守ることに不可欠と分かった」と振り返る。

■兵庫県が先駆け

こうした「災害医療コーディネーター」は1995年の阪神大震災を受け、兵庫県が全国に先駆けて、県の災害拠点病院の救急部長らを任命したのが始まりだ。10年末までに設置したのは同県のほか、宮城、新潟、広島の計4県にとどまっていた。その重要性が全国的に高まったのは11年3月の東日本大震災だ。

例えば宮城県石巻市。津波や停電で多くの医療機関が活動を停止する中、震災前にコーディネーターに任命された石巻赤十字病院の石井正医師が全国から集まった延べ約3600隊、約1万5000人の医療チームの「司令官」となった。

市内など約300カ所の避難所を約15エリアに分けて医療チームを派遣し、患者の状態や衛生状況をチェック。本部で情報を集約して派遣するチームの数や体制を随時組み替え、医療活動を続けた。一方で、県など行政にも被災地で必要な医療資源を求めるなど、現場と行政をつなぐ役割を果たした。

被災地では、患者が交通の便の悪い山間部に点在していた。慢性疾患を持つ高齢者など、目に見えづらい内科患者の存在も多かった。コーディネーターをあらかじめ任命していなかった地域では、災害医療活動の調整が十分にできないケースが目立った。

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