現段階で「低音難聴」の原因は不明なうえ、耳の内部器官を外部から正確に検査することが難しい。榊原医師は「耳鳴りがするという点で、突発性難聴と症状は変わらず、誤診で対処法を間違うケースも少なくない」と指摘する。
このため、厚生労働省の研究チームは「低音難聴」の診断基準を作成。(1)低い音の耳鳴りがある(2)耳鳴りはあるが、目まいは無い(3)低い音が聞こえなくなった――などの症状を、診断の参考にするように医療機関に呼びかけている。
小川教授は「早期の診断や治療が最も有効といえる。水分代謝をしやすい体質への改善のほか、運動や十分な睡眠などが大事」と説明。「症状を軽くみる患者が多く、放置して聴覚を失う危険性もある。とにかく異常を感じたら、医療機関で受診してほしい」と警告している。
育児などの家事だけではなく、仕事をこなす女性が急速に増え、ストレスへの対処を求められるという点で、「低音難聴」は現代病という側面も否めない。ストレスや疲れをためないバランスのよい生活を心がけることが何より、大切といえそうだ。
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再生医療の研究進む
難聴の種類は、耳の中を音が伝わりにくい伝音性難聴と、音は伝わるが耳の神経など受け取り手に障害がある感音性難聴に分けられる。
「伝音性」は、耳あかによって音の通り道がふさがれているなど原因が特定できる場合が多く、対処もしやすい。一方で、「感音性」は、治療が難しいケースが多い。直接的な原因がはっきりと分かっていないタイプもあり、「低音難聴」や「突発性難聴」などがこれに当たり、注意が必要となる。
耳の中にある音を感じ取る有毛細胞はデリケートで、1度失われると再生しない。そのため、大きな音にさらされ続けて細胞が傷ついたり加齢とともに細胞が失われたりすると、原因が分かっていても聴力の改善が難しい。世界保健機関(WHO)によると、世界のおよそ1割の人が「感音性」に悩まされているという。
最近は有毛細胞を補う再生医療の研究も進んでいる。慶応義塾大学と米ハーバード大学の研究チームは今年、薬を耳の中に投与して細胞を再生する動物実験に成功。本来は未熟な細胞が有毛細胞に育たないように体側が抑えているが、この抑制を薬で外した。育った有毛細胞で聴力も改善した。
耳は小さな器官なので大がかりな移植手術はしにくい。まだ動物実験の段階だが、薬を使って体内での細胞の再生を促す手法は「実際の治療に応用しやすい」との期待もある。
(細川幸太郎、鴻知佳子)
[日本経済新聞夕刊2013年7月11日付]