クールビズも影響? 働く女性のスカートなぜ減った
不況を境にパンツ浸透
明日香が街に出ると黒やグレーの女性用スーツを並べる紳士服店が見えてきた。運営するはるやま商事は2005年に女性用を作り始めて、パンツスタイルが前年比2割増のペースで売れているという。顧客は主に20~30代だ。
発売当初はスカートとジャケットの組み合わせがほとんどだったが、商品部部長の山本剛士さん(40)は「顧客の要望に応える形で今はスカートとパンツがほぼ同じ割合です」と教えてくれた。
「どうしてかしら?」と首をかしげる明日香に、伸縮性の高い衣料品を専門に開発するバリュープランニング(神戸市)社長の井元憲生さん(60)が解説してくれた。「仕事でも日常生活でも着られる"着回し"が利く衣料品として、パンツスタイルが評価されているのです」
「カギは着回しね」。納得する明日香にマーケティングが専門のインフィニティ(東京都港区)代表、牛窪恵さん(45)が「女性の仕事着は社会構造や経済環境の変化に大きく影響を受けてきました」と背景を説明してくれた。
1986年の男女雇用機会均等法施行、99年の同法改正で女性の社会進出は一気に進んだ。共働き世帯が増え、子どもを自転車で保育園に送り迎えする生活が定着した。バブル崩壊後の景気低迷期とも重なり、オフィスでは制服や更衣室が無くなって、女性社員は通勤スタイルのまま仕事をするようになっていった。
職場では男性社員に「カジュアルフライデー」「クールビズ」などくだけた装いが浸透し始め、女性も動きやすいカジュアルなパンツスタイルを仕事着に選べる環境が徐々に整った。通勤着に特化した宝島社(東京都千代田区)の女性ファッション誌「steady.」編集長の倉田未奈子さん(40)は、「仕事着と普段着の両方にお金をかけられない女性にとって追い風でした」と指摘する。
「男性に負けない」意識映す
明日香は制服のある会社の事情も聞こうと、企業向け制服を手がけるオンワード商事(東京都江東区)も訪れた。商品部部長の吉田哲也さん(46)は「2000年代に入り、化粧品販売業や飲食業などでパンツスタイルの注文が増えました」と話す。「実用性ですか」と明日香が聞くと「制服は1990年代に廃止が相次ぎましたが、最近、企業イメージや従業員の負担軽減のため復活しています」。
明日香は制服にパンツスタイルを採り入れた足利銀行を訪ねた。同行は05年に女性職員の制服を廃止後、10年に再導入した。プロジェクトチームをつくり、制服のデザインや色などを検討するため職員の声を集めたところ、20~30代はスカート派が圧倒的に多いが、40代以上になるとパンツ派も増えてきたそうだ。
そこで女性職員がスカートとパンツの2種類から制服を選べるようにした。人事部長代理の荒井京美さん(38)は「脚を見せたくない、冬は寒いなどの理由でパンツスタイルを求める声がありました。実用性に加え、長く働き続ける女性が増えているからでしょう」と教えてくれた。
公益財団法人日本ユニフォームセンター(東京都港区)が99年と09年に行った制服に関する企業調査では、スカートの採用が大半を占めるものの、10年間に着用率は10ポイント前後低下し、ズボンやキュロットの割合が上昇していた。
「仕事着のカジュアル化や働き続ける女性の増加が影響したようです」と明日香が説明すると、「そんなに単純だろうか。もっと賢く着こなしているんじゃないか」と所長。再び明日香は街に出た。
明日香は文化学園大学を訪れ、服装の印象管理について研究する助教の大石さおりさん(37)に女性の服装選びの基準を尋ねると「外的要因だけでなく、内的要因もあるのです」と説明し始めた。
女性の服装の決定要素は大きく4つあるという。肌の露出度合いなどを制限する「宗教」、衣料品への支出を左右する「景気」、時代になじむ色やデザインが決まる「流行」、社会的性差「ジェンダー」だ。日本では宗教の影響を受けにくいため、実質的に3要素で決まるという。
パンツスタイルの原形はフランスで60年代に登場し「70年代、米国のウーマンリブ(女性解放)運動が普及のきっかけです」。90年代に米国で流行し、日本にも伝わってきたそうだ。男性に引けを取りたくない、なじみたい、しかもきちんとした格好をしたい。そんな意識がパンツスタイルを選ばせるという。
「でもスカートは絶滅しませんよ」。パーソナルスタイリストの久野梨沙さん(35)が説明してくれた。「女性を強調した方が仕事上有利に働くと判断すればスカートをはきます」。象徴的な例は就職活動中の学生、経営者や管理職クラスという。面接や会議などで「彼女たちが対峙するのは役員級の男性。彼らが『働く女性』を連想するのはスカートスタイル。その期待を外すことなく、女性というブランドを使いこなします」。
女性管理職などに支持される高級服飾雑貨ブランド「ポール・スチュアート」を担当する三陽商会の吉田修さん(48)に尋ねると「オーダースーツでパンツとスカートを一度に作る方も多いです」と話す。高島屋日本橋店(東京都中央区)で婦人服売り場を担当する水原利枝さん(43)は「女性管理職は普段は動きやすく縦長のシルエットを強調できるパンツを、会食など改まった場面では女性らしさを出せるスカートを、と使い分けているようです」という。
消費社会論を研究する学習院大学の眞嶋史叙教授(38)に働く女性の意識の変化を尋ねると「日本の会社はまだ、職位が上になるほど女性は珍しい存在です。だから男性目線だけを考慮すればよかったのです。経営者や役員に女性が増えれば、女性目線も意識するようになり、女性たちの服装戦略も今より自由になるでしょう」と指摘する。
週末、明日香は百貨店でタイトスカートを買った。週明けの事務所で後輩の松田章司が「あれ、スカートなんて、合コンですか?」と一言。「今日の依頼人は会社役員だから気合が違うのよ。そんな見方じゃいつまでもヒラ探偵よ」
(古屋智子)
[日経プラスワン2013年6月15日付]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。