思秋期
孤独な中年男の揺れる心情
痛々しい世界だ。アルコール依存も、中年を過ぎて孤独な身であるのも、自分の所為だと知りつつ、理由のない怒りに駆られ、衝動的に暴力を振るって周囲に迷惑をかける。そんな男が夫の暴力に怯(おび)える女と出会い、互いに心を癒(いや)し支え合う姿を描いている。
失業中のジョセフ(ピーター・ミュラン)は、飲んだくれ。大酒を飲んでは感情を抑えられずに暴れ出し、自分の愛犬さえ蹴り殺してしまう有(あ)り様(さま)。自暴自棄の行く末を自分で分かっていながらどうすることもできない。
チャリティー・ショップで働くハンナ(オリヴィア・コールマン)は、理知的で朗らかな中年女性。だが、その表面的な明るさとは裏腹に、彼女も夫との夫婦関係がこじれた末、夫によるドメスティック・バイオレンスに悩んでいる。
そんな2人は、ある日、飲んだくれたジョセフがハンナの働く店の前で倒れていたことから知り合い、親しくなる。ジョセフはハンナに心を開いて癒される。一方、ハンナは夫の暴力に耐えきれずに家出してジョセフを頼る。
ジョセフを演じるミュランとハンナを演じるコールマンの演技が光る。特にミュランの存在感は大きく、例えば向かいの家の幼い息子に投げかける優しい視線と、その母親の粗野な愛人に向ける憎しみの感情の落差が示すように、孤独な中年男の揺れる心情の表出には説得力がある。
酒びたりの男を演じるミュランといえば、ケン・ローチ監督の「マイ・ネーム・イズ・ジョー」を想(おも)い出す。本作が長編デビュー作となる俳優出身のパディ・コンシダイン監督は、ローチ監督を敬愛し、日常風景をリアルに切り取る映像も似た味わいを見せる。
ただここでは、人生の黄昏(たそがれ)に漂う諦念に近い感情に包まれており、ラストはほろ苦く心に沁(し)みわたる。1時間38分。
★★★★
(映画評論家 村山 匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2012年10月12日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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