これは映画ではない
軟禁された監督の苛立ち
本作を撮ったイランのジャファール・パナヒ監督は現在、映画製作禁止、出国禁止、マスコミとの接触禁止の身であり、さらに懲役6年の判決が出て収監の可能性もあって、事実上の自宅軟禁状態にある。
そのため、これは映画評ではない、と言っておく必要があるのかもしれない。なぜなら、本作は公には映画ではなく、映画評の対象になっては困るからだ。
タイトルはパナヒ監督による痛烈なブラック・ユーモア。この映画ではない映画は、2011年3月のイスラム暦新年を祝う火祭りの日を通して、映画を作れない焦りや苛立(いらだ)ちを含めた監督本人の感情と生活を描いた私的なドキュメンタリーである。
映像は、監督が暮らすアパートの朝から始まる。友人に電話し、妻からの留守番電話を聞き、ペットのイグアナに餌をあげる監督。やがて本作の共同監督である友人のモジタバ・ミルタマスブがカメラ持参で来訪し、2人で映画化が不許可になったパナヒ監督の脚本を居間で再現する。
このシーンが面白い。「鏡」をはじめ監督自身の映画を引用する一方、絨毯(じゅうたん)の上にテープを貼ってセットを再現し、脚本の演出を試みる。だが、不意に沈黙して脚本を読むことしかできない状況に苛立ちを見せる監督。映画を自由に製作できないことの不条理さが痛切に胸に迫る。
その間、テレビで東日本大震災の報道が流れ、屋外から火祭りの喧騒(けんそう)が聞こえるなど日常の風景が描かれる。とはいえ、例えば女性が愛犬を預けにくる時の間合いやゴミ収集にきた管理人とのやりとりなど、演出されている印象も残る。
アパートという限られた生活空間に閉じ込められた監督の1日の姿を実に巧みに構成しながら、監督の心境とその理不尽な状況が見事に伝わってくる。これはまさに映画である。1時間15分。
★★★★
(映画評論家 村山 匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2012年9月28日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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