少年は残酷な弓を射る
母親の揺れ動く感情
「ボクと空と麦畑」の多感な少年、「モーヴァン」の若い現代娘と、個人の内面を繊細に描いてきたイギリスのリン・ラムジー監督の久々の新作である。今回は母親と息子の間に横たわる謎めいた愛憎の感情を、母親の心理からサスペンスフルに描き出している。
紀行ライターとして活躍するエヴァ(ティルダ・スウィントン)は、結婚して2人の子供に恵まれる。だが、エヴァが妊娠中に違和感を抱いたように、息子のケヴィンは成長するにつれてエヴァにまったく懐くことなく、彼女は苛立(いらだ)つ日々を送る。そして16歳の誕生日を迎えた日、ケヴィンは忌まわしい殺傷事件を引き起こす。
映画は、事件から2年後の酒と睡眠薬に溺れるエヴァの心境に、家族の過去が交錯しながら展開する。現在のシーンはエヴァの内面の葛藤に寄り添うように、彼女のアップを中心に揺れ動き、一方、過去の家族の出来事は固定画面でとらえられ、表面上は幸せそうな家庭生活のように提示されている。
その過去の家族生活を描いたシーンでは、画面から絶えず不安と緊張が伝わってきて秀逸である。例えば幼い妹が片目に眼帯をして遊ぶシーンや、ケヴィンが父親からプレゼントされた弓矢を庭で試し打ちするシーンなど、何か悪いことが起こったこと、また起こりそうなことの予感を巧みに醸し出している。
物語はエヴァの視点から語られ、過去の家族生活もケヴィンの母親への悪意も彼女の目から見た世界である。そのため、すべてはエヴァの思い違いということもありうる。実際、事件でケヴィンは父親も妹も殺害するが、エヴァは狙われていない。そこには母親に対するケヴィンの憎悪に勝る深い愛情が感じられる。
不安定な感情に揺れ動く母親のエヴァを演じるスウィントンが素晴らしい。1時間52分。
★★★★
(映画評論家 村山 匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2012年6月29日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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