ファウスト
哲学的問題に満ちた物語
2011年ヴェネチア映画祭でグランプリを受賞した作品。アレクサンドル・ソクーロフ監督らしく、映画という表現形式のあらゆる側面にわたって探求と実験を試みている。本年屈指の問題作である。
物語はゲーテや手塚治虫など、多くの作品化がなされた魔術師ファウストの伝説に基づく。ただし、ファウストを誘惑し、魂を取りあげる契約を結ぶ悪魔メフィストフェレスは、本作には登場しない。その役割は高利貸のマウリツィウスにふり替えられている。
19世紀初頭、森に囲まれた町が舞台だ。ファウストは人間の死体を隅々まで解剖するが、魂を見つけることができない。魂の在処(ありか)を教えてもらうため、悪魔と噂される高利貸のもとを訪れる。高利貸はファウストを連れて町を案内し、清純な美少女マルガレーテと出会わせる。ファウストはひと目で彼女に恋をするが、不運な争いから彼女の兄を刺殺してしまう。
絶望するファウストに高利貸が契約書を差しだす。望みをなんでも叶(かな)えるかわりに、魂を頂戴するという内容だ。契約に署名したファウストは世界遍歴の旅に出発する。
主題としてはゲーテをひき継ぎ、多くの哲学的問題が詰めこまれている。魂とは何か、人間の欲望と弱さ、愛と情欲、堕落と救済…。それらのテーマが扱われ、過剰な言葉の奔流となって物語を押しながす。
映像も奇怪な仕掛けに満ちている。画面が異常に歪(ゆが)み、アングル、光量、色調が定めなく変化し、観客の視覚を攪乱(かくらん)する。
そうして醸しだされる世界の混沌は、先の見えない現代の本質的な鏡なのかもしれない。その志の高さには賞賛(しょうさん)を惜しまない。
だが、どこか一か所でいい、映画的活力で無条件の悦楽に浸らせてくれる場面が欲しかった。この映画の空気はあまりにも稀薄(きはく)だ。2時間20分。
★★★★
(映画評論家 中条 省平)
[日本経済新聞夕刊2012年6月1日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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