夜間にきちんと睡眠をとっているのに、日中に耐えられないほど眠くなる。こんな症状が表れたら「過眠症」かもしれない。この病気は生命に直接関わらないが、患者の生活の質を大きく下げる。学校や職場などで周囲から誤解を受けることもある。睡眠不足の人が過眠症だと思い込んでいるケースも少なくないため、睡眠の専門医などを早めに受診することが大切だ。
過眠症は十分な睡眠時間を確保しているはずなのに、昼間の仕事や授業の最中に耐え難いほどの眠気に襲われたり、ぼんやりしたりする。病気は大きく4種類に分けられる。代表的なのが「ナルコレプシー」だ。
詳しい仕組み不明
ナルコレプシーは強い眠気に襲われるのが特徴だ。例えば、会社の会議でプレゼンテーションをしながら眠ってしまったり、高校・大学の入学試験の最中に眠ってしまったりするほど。発症は10代に多く、国内患者は推計で約20万人に達するが、実際に治療を受けているのは数千人といわれている。発症には遺伝や神経伝達物質、ストレスなどが影響すると考えられているが、詳しい仕組みはよく分かっていない。
ナルコレプシーでは寝入りばなに現実と区別がつかないほど生々しい夢をみたり、頻繁に金縛りを体験したりすることもある。こうした現象が起こるのは、脳は起きているが体は眠っている「レム睡眠」になるからだ。杏林大学の古賀良彦教授は「レム睡眠は普通、寝付いてから1時間以上たたないと起きないが、患者は就寝間際にいきなりレム睡眠になるため、金縛りなどが頻発する」と解説する。
治療ではまず規則正しい生活を送り、夜はしっかり眠るようにする。短時間の昼寝も効果がある。薬もある。昼間は眠気を軽くする薬を、夜間にはレム睡眠を抑える薬を併用するのが一般的だ。ただ完治は難しい。
このため病気と根気よくつきあうとともに、家族や職場の上司・同僚、学校の先生・友人などに、この病気を理解してもらうことが重要だ。「周囲の人々が見守ってくれれば、患者の不安も減る」(古賀教授)
ナルコレプシーとは別のタイプの「反復性過眠症」も10代での発症が多い。頻度は1万人に1人程度で、成人すると自然に治る例もまれではない。発症時は1~2週間程度、昼間でも眠くぼんやりする生活が続くが、この期間を過ぎると改善する。
この病気は名前のとおり、症状が繰り返し表れる。数回で終わることもあれば、数カ月に1回のペースで頻繁に出ることもある。発症時は判断力や性的欲求を抑える能力が低下するため、「だまされたり、男性では痴漢行為をしたりする患者もいる」と古賀教授は話す。疲労や不規則な生活などが原因で発症することが多いという。
一方、「特発性過眠症」は症状が弱まることはなく、昼間も眠い状態が続く。例えば上司から叱られると最初だけは時間通りに出勤できるが、絶え間ない眠気からすぐに無断欠勤を繰り返すようになる。仕事をさぼっていると誤解され、退職を余儀なくされる患者もいるという。発症頻度は反復性と同程度だ。
反復性、特発性もナルコレプシーと同じく現時点では完治は難しい。薬で一時的に眠気を覚ますことはできるが、使用量が増えると効きにくくなったり、副作用で体重が増えたりする。
脳波など測定を
睡眠時無呼吸症が疑われたら、呼吸数などを測る(杏林大提供)これに対し「睡眠時無呼吸症候群」は最も治療が期待できる。他の過眠症と異なり、夜間に寝ている最中に呼吸が止まって目が覚めてしまう。この結果、睡眠不足になり昼間に眠気が出る。睡眠総合ケアクリニック代々木の井上雄一院長は「主に太った中高年男性がなる。喉に脂肪がたくさんつくと特に発症しやすい」と指摘する。
この症状が疑われたら、まずは睡眠の状態を調べることを専門家は勧める。専用器具を付け寝ている間の脳波や呼吸数、心電図などを測る。このデータをみれば物理的に喉が塞がれ呼吸が止まっているのか、呼吸中枢に異常があるのか判別できる。原因が分かれば、運動や食事療法などで喉の脂肪を落とす、腫れた扁桃(へんとう)腺を切除するといった治療を施す。
しかし昼間に眠気が強いからといって過眠症とは限らない。「眠気が原因で受診する人のうち、約3分の1は単なる寝不足や睡眠リズム障害だ」と井上院長は明かす。健康な生活を送るのに必要な睡眠を十分確保できていなかったり、時間が不規則だったりするケースが目立つという。特に忙しいビジネスマンや、早朝や夜間に交代して働く職種の場合、睡眠不足やリズム障害にかかる確率が高まる。
経済協力開発機構(OECD)の2009年の調査によると、日本人の1日平均睡眠時間は7時間50分。ただ必要な睡眠時間は個人差が大きく「ナポレオンは3時間、アインシュタインは9~10時間ともいわれてきた」(井上院長)。睡眠に問題を感じたら自分で判断せず、まず医師に相談しよう。
(草塩拓郎)
[日本経済新聞夕刊2012年2月17日付]
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