東京フィルメックス、新世代台頭
映画への野心と慎み深さ
アジアの新鋭監督を発掘、紹介する東京フィルメックス。12年目の今年も俊英がそろった。映画表現の可能性に挑む野心と現実に対する慎み深い視線。新世代のさらなる台頭を感じた。
◇ ◇
「この映画祭は常に映画作家とその未来を第一に考えている。私もそれに共感する。多くの映画作家がここから旅立つことを確信している」
審査委員長を務めたイランのアミール・ナデリ監督の感慨を裏付けるように、東京フィルメックスは2000年以来、多くのアジアの俊英を早くから支持し、後押ししてきた。中国のジャ・ジャンクー、韓国のキム・ギドク、香港のジョニー・トー、タイのアピチャッポン・ウィーラセタクン……。その後、00年代の世界映画の最前線に立った監督は枚挙にいとまがない。
映画祭の精神は引き継がれ、今年の第12回東京フィルメックス(19~27日)はそうしたトップランナーに次ぐ世代が台頭した。
最優秀作品賞に輝いた中国映画「オールド・ドッグ」はチベットのアムド地域(中国青海省)出身のペマツェテン監督の長編第3作。1990年代に小説家として世に出て、2002年に映画製作を始めた42歳だ。
現実をリアルに
舞台は近代化の波が押し寄せるチベット。羊飼いの老人の牧羊犬が、息子の手で売られる。チベット犬は都市の富裕層に高く売れるからだ。老人は犬を取り戻すが、業者や犬泥棒はあきらめない……。
草原の村を背景に物語は淡々と進み、都市化のひずみとそれにあらがう老人の誇りが静かに浮かびあがる。「何もない場所にある静寂と雰囲気をとらえ、人物の心に入り込む」とナデリ。現実への慎み深い視線が映画の力となっていた。
審査員特別賞の韓国映画「ムサン日記~白い犬」も、野心的なカメラの長回しと慎み深い描写で、ソウルの現実をリアルにとらえていた。35歳のパク・ジョンボム監督はイ・チャンドン監督の助監督だった人で、初の長編作品だ。
監督自身が演じる主人公は脱北者の青年。不器用な青年はソウルでも極貧の生活を強いられ、心が通うのは拾った犬だけだ。冬のソウルの街頭を背景に、青年の後ろ姿をとらえたショットが、その孤独をあぶりだす。「友人が悲しんでいるとき、その顔を正面から撮れるだろうか」とパク。清潔でリアルな描写は師イ・チャンドンにも通じる。
中国の田舎町の都市化に適応できない青年を描き、主演俳優ワン・パオチャンの演技が審査員たちから称賛された中国映画「ミスター・ツリー」のハン・ジェ監督はジャ・ジャンクーの助監督出身。南北朝鮮の国境をひそかに行き来する運び屋を奇想豊かに描き出した韓国映画「豊山犬」のチョン・ジェホン監督はキム・ギドクの助監督だった。ともに師の資質を引き継ぎながら、野心的な作品に挑んだ。
相米特集は盛況
映画作家への敬意は特別招待作品にも表れていた。とりわけ目立ったのは、映画を作りたいのに作れないでいる映画作家についての映画だ。
「アリラン」は撮影中の事故をきっかけに映画界を離れ山奥に引きこもったキム・ギドク監督が自分自身にカメラを向ける。「これは映画ではない」はイラン政府に映画製作を禁止されたジャファル・パナヒ監督が自宅で脚本を読み、映画を作ることの意味を語る。どちらも映画作りへの意志とたくらみに満ちた傑作だ。ナデリ監督が日本で撮った「CUT」も西島秀俊の肉体を借りて、自身の映画への情熱を縦横に表現していた。
没後10年の相米慎二特集は盛況だった。製作会社が多岐にわたる80年代以降の監督の全作品上映は容易でなく、実現は快挙だ。客席にはナデリやギドクら監督たちの姿も目立った。映画人が映画人と共に映画を見て語り合うという、映画祭の原点がそこにあった。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2011年11月29日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。