アンチクライスト
妙に重苦しい説得力
冒頭のモノクロ映像に息を呑(の)まされる。やはりこのラース・フォン・トリアーという監督は天才なのだ。映画史上屈指のスローモーション場面といえるだろう。夫と妻が愛を交わしている。
この事件を機に妻(シャルロット・ゲンズブール)は神経を病む(画面もカラーに切り替わる)。セラピストの夫(ウィレム・デフォー)は、夫婦がエデンと呼ぶ森の小屋に妻を連れてゆき、心理療法を施そうとする。2人は子供の死の原因となったセックスという原罪に向かいあう新たなアダムとイブになったのだ。
奇妙な現象が続発する。夜中にどんぐりが降りそそぎ、森のきつねが「カオスが支配する」とささやく。夫は、妻がこの小屋で執筆していた論文のための悪魔学の資料を発見する。そして、夫婦のあいだには凄惨な事件が突発する……。
見ようによっては悪趣味の限りを尽くすスキャンダラスな映画である。だが、性描写、残虐場面、悪魔主義的意匠のすべてに妙に重苦しい説得力がある。そこが刺激のみを追求する商業的映画との違いなのだ。この映画は鬱病に苦しむ監督が療法の一環として映画に託して自分を解き放ったものだという。そうした方法の正否はともかく、映像表現の切迫性がそこから生まれていることは疑いない。
日本製ホラー「リング」の影響が明らかに感じられるところも興味深い。ともあれ、園子温監督の「冷たい熱帯魚」とともに、本年度「トンデモ映画」の東西の横綱を競う出来栄えといって過言ではない。1時間44分。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2011年3月4日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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