ぬいぐるみと旅する女 出かけられない人たちの夢を代行女子力起業(2)編集委員 石鍋仁美

2013/6/17
ぬいぐるみのための旅行代理店「ウナギトラベル」の東園絵代表

「押絵と旅する男」といえば、作家・江戸川乱歩が「私の短編のうちでももっとも気に入っているもののひとつ」と自負する小説だ。夕暮れ時、海岸沿いを走る列車の窓際。押し絵を外向きに立てかけ、額の中の人間たちに風景を見せている男がいる。不思議に思った主人公が近づくと、男が説明を始める。描かれた人間の正体は……。そんな幻想小説だ。

ちなみに押し絵とは、紙や布に綿を詰めて人や花の形を作り、板などに張り付けたもの。平面の絵画と立体である人形やぬいぐるみとの中間的な作品だ。

果たせぬ思いをぬいぐるみに託す人々

今回紹介するウナギトラベル(東京・世田谷)を立ち上げた東園絵さん(38)が働いている姿も、知らない人から見れば、乱歩の小説に登場する男のように奇妙なものに映るかもしれない。何体ものぬいぐるみをカバンに詰めて持ち歩き、実際に列車の中で窓際に並べて彼らに風景を見せたり、公園で弁当を囲ませたりして、それを逐一、写真に撮るのが仕事なのだから。「先日も、街で警察の方に職務質問をされました」と笑う。

ウナギトラベルは「ぬいぐるみのための旅行代理店」を名乗る。旅するのはぬいぐるみだけ。だから法律上は旅行会社ではない。まず、業務の流れを、あえて無機的に説明すると、こうなる。

持ち主は、所有するぬいぐるみを東さんのもとへ宅配便などで送る。東さんは集まった何体かのぬいぐるみをカバンに入れ、時に東京都内を回り、時に列車で遠出をし、観光して歩く。各地の風景などを背景にぬいぐるみたちの写真を撮り、自社のフェイスブックに掲載する。持ち主はそれを見て楽しむ。ツアー終了後は、写真を紙焼きとCD-ROMにして、ぬいぐるみと共に持ち主へ送り返す。これで完了だ。

この説明で、ふだんお気に入りのぬいぐるみと暮らしている人は「なるほど」と思うだろう。そうでない人は「?」という感じかもしれない。

ウナギトラベルの利用者はぬいぐるみに自分の思いを託している

ツアーを申し込む人にとって、ぬいぐるみは単なるモノではない。ある人には、病気や忙しさなどで自由に動けない自分の分身。またある人には、亡くなった最愛の人の代わり。小さいときから一緒に生きてきた無二の親友という場合もある。ぬいぐるみのことも、「これ」ではなく、大抵は「この子」と呼ぶ。東さんのもとへ送るときに「こわれもの」や「天地無用」で送ってくる人もいる。

車いすで暮らす人からの申し込みもあった。「自分の分身が自由自在に歩き、階段を自分の足で登り、同行する仲間と平等、対等に、丸くなって食事をしている。そんな姿を見たい」。そう申込書にあった。写真を送ると、感謝の手紙が来た。「自分も早く元気になって、同じ場所を旅したい」

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