偏見から守り続けた母の愛 天才少年一家の軌跡
シカゴ大学開校以来、最年少で医学部を卒業した矢野祥さん=Toricia Koning Photography
卒業シーズンの米国で、メディアの注目を一身に受けているのがシカゴ大大学院を卒業した日系人医学生、矢野祥さん(21、以下敬称略)だ。9歳で大学生となって以来、天才と呼ばれ続けてきたが「IQ200超」の異能に対する社会のまなざしは好意的なものばかりではなかった。天才一家の暮らしは"偏見"との戦いの日々でもあった。
6月9日、祥はシカゴ大学開校以来の最年少で医学部を卒業した。9歳で地元のロヨラ大学に入学、12歳で卒業、同年にシカゴ大大学院に進み18歳で生物学博士号を取得した。シカゴ大学によれば「祥はおそらく世界で最年少の生物学と医学のダブル博士号の保持者」だ。
「人類の役に立ちたいと思います」――。卒業証書を手にした祥は少年の面影を残した顔に笑みを浮かべた。
祥は日本人の父、桂(かつら)さんと韓国人の母、慶恵(ギョンヘ)さんとの間に生まれた日系米国人だ。日本語は苦手で両親とはもっぱら英語で話す。テコンドーは黒帯、クラシックピアノはプロを目指すことを勧められたほどの腕前で、今でも年に一度はリサイタルを開いている。
やはり13歳で大学を卒業した妹さゆり(15)とともに、一家そろっての敬虔(けいけん)なキリスト教徒でもある。
ノーベル賞より現場で治療に従事したい
卒業後はシカゴ大学付属病院の小児科で研修医になると聞いたとき、少々意外な気がした。学者になれば次々と発見を重ねそうな天才にしては地味な進路ではないか。
祥が18歳のときに「将来はノーベル賞を取りたい?」と聞いたことがある。その時は「取れればうれしい」という返事だったが、今回は即座に「ノー」。名声に興味はない。研究室にこもるよりは患者を診て病気を治したい、という。病気の治療法の研究はするかもしれないが、医者は続けると明快な答えだ。
医学博士の印である緑の肩掛けを恩師のシュワブ教授からかけてもらう=Toricia Koning Photography
研究者ではなく医者を職業として選んだ理由がおもしろい。キーワードは「キリスト教」と「アブノーマル」だ。医者は例えばプライベートで飛行機に乗っていても病人が出れば救う義務を持つ公人でもある。個人としての快楽や利益を犠牲にしても他者を助けるというキリスト教の信条を持つ祥にとって、医者のあるべき姿が琴線に触れた。
医者を「アブノーマルな社会人」と表現する。科学者は個人の幸福を追求できる一般社会の一員だが、医者はそうではない。自分の人生を他者に与える者として、その存在は特別であり、普通の社会人と一線を画する。ストイックといえばストイック、青いと言えば青いが、一部の金もうけ主義の医者に聞かせたい言葉ではある。