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  1990年代以降、不良債権問題に苦しんだ銀行を導き、頭取時代には証券会社買収など多角化に先べんをつけた。試練をくぐり抜けるとき、開く本がある。

奥正之・三井住友フィナンシャルグループ会長

奥正之・三井住友フィナンシャルグループ会長

ニクソン元米大統領の『指導者とは』には感銘を受けました。私が20歳代で米国のロースクールに留学していた頃の大統領です。ベトナム戦争が泥沼化し米国はすさんでいました。そんななか、ウオーターゲート事件で辞任に追い込まれ、守旧派の権化のイメージでよい印象はありませんでした。本書を手にとって彼への見方は一変しました。

チャーチル、ドゴール、周恩来などの偉大な政治家を、自分自身が接したときの体験も踏まえ、論評しています。国際部の次長時代に初めて読んだのですが、ビジネスリーダーにも通じるものがあると思うようになり、繰り返し手に取っています。

要するに、指導者は明確な戦略と目的、ビジョンを持たなければならないと説いているのですが、結構、心に響く事例が盛られています。たとえば、「指導者にとって最大の苦痛の一つは権限委譲である」としたうえで、アイゼンハワー米大統領から直接聞いたという「私(アイゼンハワー)が最もいやなのは、へたな手紙にサインしなければならないときだ」という言葉を、実に巧みな表現だと紹介しています。

自分ならもっとうまくやれたはずだと思う苦痛への共感は、私にもよくわかるのです。ニクソン氏は、そこに続けて、「指導者にとって時間ほど大切なものはない。つまらぬことに時間を浪費すれば破滅につながる」と説きます。権限委譲がもっとも大切な仕事というのは、重要な教えです。なかなか実行は簡単ではないのですが。

  国際部門が長く、イラン革命後の債権回収などにあたったこともあり、国際紛争の裏にある文明と外交には関心を抱き続けてきた。

京大教授だった故高坂正堯さんの本は愛読し、何度も読み返しています。たとえば『海洋国家日本の構想』は、「島国」から抜け出せない日本と、海外への目を養い、外交力を手に入れた「海洋国家」英国を比較しています。国家としての構想力が問われていることを改めて思いださせてくれます。

日本を極東ではなく、西洋の外れ、「極西」の国と位置付けているのも鋭いですね。米中の間でどう振る舞うべきかが、日本の中心課題と見抜いている点も、50年近く前に出た本とは思えない新しさです。

外交が、日本という国家ばかりか日本企業にとっても大きな課題だと意識させられたのは、私自身の国際経験とともに、高坂さんの影響です。不確実な時代には、洞察力、構想力が物を言います。実用重視とは別の「教養」が問われているのでしょう。

  最近は出張の際にもタブレット端末を持参し、隙間の時間に小説を読む。

タブレット端末のおかげで明治の文豪、特に夏目漱石を読むようになりました。半世紀ぶりの邂逅(かいこう)です。近代の日本をつくる時期の作家が、造語も含め新しい日本語をつくりだしています。微妙な表現の美しさ。古典に新しさを感じます。年を経ることで気づくこともあるのだなと改めて感じます。

漱石を読み直したのは、水村美苗さんの『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』を読んだことも影響しています。普遍語である英語に日本語は駆逐され、日本語と日本文学は衰退してしまうという問題意識のこの本では、漱石の「三四郎」を大きく取り上げています。

タブレット端末を手に入れなければ漱石を読み直したりはしなかったかもしれません。技術革新の恩恵にあずかっているのですね。(聞き手は編集委員 土屋直也)

【私の読書遍歴】

《座右の書》
指導者とは』(リチャード・ニクソン著、徳岡孝夫訳、文芸春秋・1986年)。世界史を動かした政治指導者との自身の交流を通じた生々しい指導者論。
 
《その他の愛読書など》
(1)海洋国家日本の構想』(高坂正堯著、中央公論社・65年)、『世界地図の中で考える』(同、新潮社・68年)。外交政策の時代を超えた普遍性を思いださせてくれる。
(2)歴史としての聖書』(ウェルネル・ケラー著、山本七平訳、山本書店・58年)、『文明の衝突』(サミュエル・ハンチントン著、鈴木主税訳、集英社・98年)、『アラブ革命はなぜ起きたか』(エマニュエル・トッド著、石崎晴己訳、藤原書店・2011年)。国際部門が長かったこともあり、国際的な文明論に関する本はつい手が出る。
(3)日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』(水村美苗著、筑摩書房・08年)。

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