自ら変化し続ける姿勢学ぶ  J・フロントリテイリング会長 奥田務氏

 関西学院大学ビジネススクールで教壇に立っていたとき、『イノベーションのジレンマ』(クリステンセン著)をいつも手にしていた。

J.フロントリテイリング 奥田務会長

「会社の寿命30年説」がありますが、会社というより事業の寿命が30年ももたない時代になっていることがこの本を読めば分かります。巨大企業が顧客の変化に気付かずにベンチャー企業の「破壊的イノベーション」で覇権を奪われる模様を描いており、「明日は我が身」と恐怖を感じました。自分の経営観を伝えるのにふさわしい書物だと思いました。

松坂屋と大丸の経営統合で2007年に生まれたJ・フロントリテイリングの歴史は両社を合計すると700年近く。長い歴史を途絶えさせてはいけないといつも危機感を持っています。時代と顧客の変化に対応しないと衰退するのは明らかで下手をすれば消滅を覚悟しなくてはいけない。歴史の重荷を背負い、事業を拡大して次の世代に渡すのが私の責任です。

百貨店は長く小売りの王者の座にいました。経営スタイルは時代とともに変わってきていますが、クリステンセンの言葉を借りれば、それは改良を続ける「持続的イノベーション」。ディスカウントストアなどの台頭は伝統的な小売業の尺度を覆しました。小売業ほど「破壊的イノベーション」の影響を受けた業界はないでしょう。

 手にする書物は経営書、ノンフィクションなど多彩。その多くが世の中の激変を描いている。

大丸入社当時は経済発展と消費水準の向上で日本の流通業の姿が劇的に変わることを予言した『流通革命』(林周二著)がベストセラーでした。業界の激変を間近に見たのは、米国の百貨店で研修を受けていた1970年代後半です。名門、老舗といわれた百貨店が再編淘汰の波にのみ込まれていきました。米同時テロに至る人間模様を丁寧に描いた『倒壊する巨塔』(ライト著)は一瞬で歴史が変わってしまうことを教えてくれます。

経営も不連続の時代です。もはや変化に対応するだけでは遅く、変化を先取りしないといけません。とはいえ売り場は日々の対応で手いっぱい。経営企画のような部署は普段の仕事の延長線上で会社の将来の姿を描きがちです。ドラッカーは『現代の経営』で、経営者は高い目標を立てて自らを律していくべきだと書いています。現在と将来の2つの時間軸のバランスがとれるのは経営者だけです。この本は若いときから繰り返し読んできましたが、経営者になって読み方が深くなり、新たな視点に気づくこともあります。

 風景が一変するさまは自身の生活でも経験している。

証券不況が吹き荒れた昭和40年代前半、祖父が興した証券会社(奥田証券)が廃業に追い込まれました。一時、三重県では最大の証券会社で何不自由ない生活をしていましたが、廃業となるや実家が差し押さえの貼り紙で真っ赤になりました。大丸に入社して数年のころです。

会社では希望していた東京店ではなく京都店に配属。売れ残り商品の返品伝票の作成に明け暮れ、あまりに非合理的な仕事だったので「辞めたろか」と本気で思ったほどです。辞めるにしても「経済や経営書くらい読んどかないとあかん」と考え、勤務時間中に『GMとともに』(スローン著)、『ゆたかな社会』(ガルブレイス著)、『ピラミッドを登る人々』(パッカード著)などを読みあさっていたのを思い出します。

歴史が途絶えることの意味を自らの体験で知り、歴史を守るために変化し続ける姿勢を読書から学びました。(聞き手は編集委員 田中陽)

【私の読書遍歴】

《座右の書》

イノベーションのジレンマ 増補改訂版』(クレイトン・クリステンセン著、玉田俊平太監修、伊豆原弓訳、翔泳社・2001年)。大企業が自らの持つ技術を過信して成功体験に縛られ、新興企業の新技術に市場を席巻されてしまう事例を紹介。主要国でベストセラーに。著者は米国の経営学者。

《その他の愛読書など》

(1)小倉昌男 経営学』(小倉昌男著、日経BP社・1999年)。宅急便生みの親による経営論。社会に役立つ企業のつくり方に共感する。

(2)詩集 北国』(井上靖著、復刻版、東京創元社・96年)。美しい詩に心を洗われる。

(3)ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女(上・下)』(スティーグ・ラーソン著、ヘレンハルメ美穂・岩沢雅利訳、ハヤカワ文庫・11年)。文庫になり徹夜して一気に読んだ。

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