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古墳「棺おけ」ダムで活用 鎌倉時代のリサイクル事情 狭山池(大阪狭山市) 古きを歩けば(11)

2011/11/29

重源による改修でリサイクルされた石棺。巧みにU字溝の形に加工してある(大阪狭山市の大阪府立狭山池博物館)

「もったいない」。日本では古来、倹約が美徳とされ、近年は環境保護からも資源リサイクルに拍車がかかる。だがモノが棺おけだったら――。大阪府大阪狭山市の狭山池で見つかった鎌倉時代の石樋(ひ)は、古墳から運び出した石棺を多数転用してあった。死者への意識が今とかなり違ったようだ。

魔よけの「朱」が残存

狭山池は南河内一帯の灌漑(かんがい)のために616年ごろに築かれた日本最古のダム式ため池だ。奈良時代、行基により水をせき止める堤がかさ上げされたのをはじめ、何度も繰り返し改修を受けた。今も面積約36ヘクタールの現役治水ダムとして稼働中だ。

“リサイクル石棺”が見つかったのは大正・昭和初め(1926~31年)と昭和・平成初め(88~2002年)に行われた堤の改修時。石棺がごろごろと計18個も出土し、関係者を驚かせた。多くは凝灰岩製で、長さ2メートル余り、幅1メートル余り、重さは2~3トン。堤を貫通して設置された取水パイプ「中樋」に用いたとみられる。池のほとりにある大阪府立狭山池博物館に展示されている姿を観察すると、両端を切り落として巧みにU字溝の形に加工してあり、よく考えついたものだと感心させられる。

埋葬時に魔よけとして塗られたとみられる「朱」が残存していた石棺もあった。石棺群を詳しく調べた大阪府教育委員会文化財保護課の山本彰さんによると、年代は6世紀末~7世紀。どの古墳から運び出したのかははっきり分からないが、池から5~12キロほど離れたところにある平尾山千塚古墳群など3つの古墳群で調達したとみられる。「初めてみた時はびっくりしましたよ。石室が空の古墳が時々あり不思議でしたが、こういうことだったのかと」。山本さんはこう振り返る。

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