猿の惑星 創世記(ジェネシス)
類人猿の世界の方がはるかに人間的
赤ん坊が成長していく姿を見るのは楽しいものだ。少しずつ知恵がつくところを確認すると思わずほおがゆるんでしまう。ところが、そんなほほえましいはずの光景が、この映画では怖い。とても怖い。なぜなら、それが人類の破滅の第一歩なのだから……。
類人猿が人間を支配する700年後の地球を描いたフランクリン・J・シャフナー監督の「猿の惑星」(1968年)から43年。続編やリメークがたびたび作られてきたシリーズの新作は、類人猿によって人類の文明が滅ぼされるという歴史の起源となった事件を描く。その事件はまさに現代のサンフランシスコで起こるのだ。
若い科学者ウィル(ジェームズ・フランコ)は大手製薬会社ジェネシスでアルツハイマー病の特効薬を開発している。ある日、この薬を投与された実験用のメスのチンパンジーが並外れた知能を示すが、研究所内で突然暴れ出し、射殺されてしまう。
このチンパンジーは妊娠していた。胎内の子を守るために、暴れたらしい。射たれてまもなく息を引き取るが、新生児は生まれてくる。ウィルはこの赤ん坊を自宅に連れ帰り、シーザーと名づけて飼うことにする。
シーザーは生後数日というのに、驚くべき知性を発揮する。人間の子供並みに部屋を与えられ、人間の子供以上に賢くなっていくシーザー。ウィルは新しい家族の一員との幸福な日々を得るとともに、薬の効果を確信する。そして、アルツハイマー病が悪化する一途の父親に、研究所からもちだした新薬をひそかに投与する。すると翌日、父親の症状は劇的に回復した。
ウィルたちの温かい愛にはぐくまれ、シーザーはすくすくと成長する。そして、並みの人間以上に、繊細で複雑な感情までもつようになる。ある日、シーザーは、再び症状が悪化した父親が隣人とトラブルを起こし、暴行されているのを目撃。父親を助けようとして、その隣人に飛びかかり、傷つけてしまう。
シーザーは保護施設に送られる。育ての親のウィルから引き離され、孤独と不安にさいなまれるシーザー。研究所への実験動物の供給も手がける施設の飼育係は、裏で類人猿たちを虐待していたのだ。施設内の類人猿からも手荒いもてなしを受けたシーザーだが、やがてその知性とリーダーシップで、ゴリラやオランウータンを含むすべての類人猿たちを統率するようになる。
一方のウィルは父親を救うため、より強力な新薬の開発に取り組む。動物実験でその効果を確認してからも、慎重に副作用に関するデータを積み上げようとするウィルだが、薬の安全性より製薬会社の利益を優先する上司は、強引に開発を急がせる。
身勝手で不寛容な隣人、強欲で横暴な飼育係、拝金主義で卑しい経営者……。人間たちの醜さがこれでもかこれでもかと描かれる。ようやくシーザーの引き取りが許され、保護施設に駆け付けたウィルだが、シーザーは帰宅を拒否する。人間の高慢さと愚かさを、この思慮深いチンパンジーは深く知ってしまったからだ。
そう。類人猿の世界の方がはるかに人間的なのである。シーザーは集団を組織し、新薬を奪取。自由を獲得するため、保護施設からの脱走を図る。脱走する時も、邪悪でない人間は傷つけない。これは人格を否定された類人猿たちが、人格を獲得するドラマなのだ。
研究所や動物園の仲間も解放したシーザーたちが向かうのは、かつてウィルが連れて行ってくれた森林公園だ。緑あふれる木々の中に楽園を打ち立てるべく、人間に対する闘争が始まる。
人類の科学万能主義と拝金主義に激しく警鐘を鳴らす作品だ。人間ドラマの主人公が誰よりも人間らしいチンパンジーであり、チンパンジーの視点から人間の愚かしさがえぐりだされる。これほど冷徹なヒーローは人間界にはいないだろう。
700年後の結末はわかっている。賢くて朗らかなシーザーに心を寄せ、その孤独な魂に共感するわれわれは、やがて彼らの子孫に打ち倒されるのである。こんな怖いことはない。
監督は英国生まれのルパート・ワイアット。30代の若手で、ハリウッドメジャーで撮るのはこれが初めてだが、いきなりその力量を見せつけた。1時間46分。
(編集委員 古賀重樹)
東京・TOHOシネマズ日劇ほかで10月7日公開。
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