「焼き飯」は西日本「チャーハン」は東日本的呼び方
焼き飯vsチャーハン(3)
NHK放送文化研究所の塩田雄大研究員は「ことばのゆれ全国調査」の一環として料理名の地域差を調べた。対象は成人男女1272人。面接による聴き取りである。「焼き飯―チャーハン」「ニラレバいため―レバニラいため」「ライスカレー―カレーライス」「おつくり―刺し身」を提示し、どちらの呼び方をしているかを尋ねている。
このうち「焼き飯―チャーハン」調査を抜き出して紹介する。まず全体の数字で言うと「チャーハン」と呼んでいるのは58%。焼き飯派は20%だった。「どちらも言うし、両方とも同じ意味」派が16%で「どちらも言うが、それぞれ指すものが違う」派は6%だった。
我がプロジェクトの速報値を見よう。おお、きたきたー。なんと回答全体のうち焼き飯という呼び方が20.7%ではないか。NHK調査とぴったり同じ。少なくとも「日本人の5人に1人は焼き飯と呼んでいるらしい」ことが二つの調査から見事に浮かんでくるのである。せっかく浮かんできたのだから学問的な意味はともかく「焼き飯20%」という数字を頭に刻み込んでおこう。
次に地域比較。塩田さんは「焼き飯」が全国平均の20%を上回ったブロックを日本地図に落としてみた(図1)。すると完全に西日本型の呼称であることがわかった。四国が60%近い数字を示したのに対し、甲信越はゼロ。実に鮮明に傾向が出ている。チャーハンで見れば完全にその裏返しで、東海以東ではチャーハンがほぼ80%オーバーである。
我がプロジェクトの結果はというと、チャーハンが90%以上だったのは24都道県。鹿児島、佐賀という九州勢2県が含まれているものの、あとはすべて東日本勢である。ここでもチャーハン派は東日本的呼び方という傾向が鮮明である。
劣勢の焼き飯という名前はどの辺に生息しているのだろうか。焼き飯派が80%オーバーだったのは大分、愛媛、徳島、高知、宮崎、沖縄、島根、富山、和歌山である。私が子供のころ周辺には焼き飯はあってもチャーハンはなかった。なのに今回の結果をみると福岡は焼き飯48%、チャーハン52%で焼き飯が相当チャーハンにやられているようだ。
では呼び方としての焼き飯とチャーハンの勢力が拮抗し、両者の境界線にあたるのはどの辺であろうか。
NHK調査を詳しく見ると、その境界は福井県中央部―琵琶湖東岸―和歌山・三重県境を結ぶ線の辺りを通っているようだ。我々の調査でも滋賀は6対4で焼き飯優位だが、隣の岐阜はチャーハン100%になる。焼き飯100%の和歌山と隣接する三重は一転して7対3でチャーハン優位を示す。とすると滋賀・岐阜県境と和歌山・三重県境を結ぶライン、すなわち琵琶湖東岸をほぼ南北に延ばした線が浮かんでくる。両調査ともだいたい同じ結果を示していると言えるのではないだろうか。
そこで学問的な意味は別にして我々は「焼き飯とチャーハンの境界は琵琶湖東岸」という言葉を頭に刻み込んでおきたいものである。
ここまでは料理の呼び方である。料理の中身の方はどうなっているのであろうか。全体の数字をみると「塩味卵入り」が88.1%、「醤油味卵なし」が11.9%だった。おやっと思いませんか。そう、呼び方の数字とだいぶ違っている。これは焼き飯あるいはチャーハンと無意識によびつつも頭に描かれる食べ物がずれていることを示している。
私の目の前の席にいる同僚は神戸出身である。彼は断固として焼き飯と呼ぶ。そして料理の中身は塩味卵入りでなければならないと言い張ってきかない。九州出身の私が同じ焼き飯という言葉で頭に浮かぶのは醤油味卵なし(かまぼこ入り)のものである。それ以外のものは焼き飯ではなく、別の食べ物なのである。従って私と彼が一緒に店に入り、焼き飯を注文したらどっちかが「あちゃー」となるはずである。
今回調査では兵庫県は焼き飯派が67%、チャーハン派は33%。そして料理の実態は塩味卵入りが79%、醤油味卵なしが21%。
同僚のように焼き飯と呼んで塩味卵入りのものを食べるのが数字上の多数派ではあるが、県内でもチャーハンと呼んで醤油味卵なしのものを口にしている人がかなりいる可能性があるのである。京都も呼び方では焼き飯69%にチャーハン31%、料理は塩味60%、醤油味40%である。ここでも呼び方と料理が混乱している。
逆に秋田、群馬、山形、佐賀はチャーハンが100%で料理も塩味卵入りが100%なので「チャーハン食べよう」と言えば全員が同じ食べ物を思い起こす。今回調査結果からだけ言えばこれらの県はノープロブレム地帯ということになる。
最大の問題が残っている。それはなぜこのような東西の違いが生まれたのか――である。塩田説はこうである。
(1)日本国語大辞典によると「焼きめし」という言葉は17世紀前半の狂歌にすでにあらわれている。
(2)しかし、これは焼いたおにぎり、すなわち今日の焼きおにぎりのことを指し、主に東日本で用いられる言葉だった。
(3)明治以降、日本に中国から炒めたご飯料理の「炒飯」が伝わり、日本では「炒(い)り飯」「焼きめし」あるいは「チャーハン」と呼ぶようになった。
(4)しかし、東日本ではこの料理を焼きめしと呼ぶと、焼いたおにぎりと混同が生じる(言語学でいう「同音衝突」)。そこで従来の焼きめしを焼きおにぎりと言い換え、同時に炒めた方はチャーハンと呼んで区別するようになった。
(5)西日本ではこのような悩みがなかったので焼きめしという呼び方がそのまま定着した。
説得力があるではないか。塩田さんは「推測だが」と断っているが、今のところ「そうではない」という説もないようだ。最有力の仮説として頭に刻み込んでおこうではないか。飲み屋でしゃべるとソンケイされそうだし。
たまりにたまったメールをできるだけ紹介しよう。
塩田説の(2)ですね。東日本にお住まいですか?
「炒める飯はチャーハンと呼ぶのが正しい。焼きそばも正確には炒麺」とありますが、神戸の焼きそばの中には麺の両面を鉄板で(動かさずに)焼いて焦げ目をつけ、それに具の餡をかけたものがありますし、油で揚げた麺に具をかけたもの(長崎皿うどんのようなもの)を炒麺として出す店もあります。名前と料理の実態がかならずしもシンクロしないところが難しくも面白いのかもしれません。
私がよく利用するお弁当屋さんでは50円足すと白いご飯を豆ご飯にかえてくれます。似てますね。
それと以前、東京の有名な中華の店のランチに「チャーハンうな重」というのが登場したことがあります。私は新メニューをすぐに試す癖があって、そのときも果敢に挑戦したのでした。普通のお重にたれがたっぷりかかったうなぎがのり、ホジホジすると中からチャーハンが出てきました。
うなぎというのはご飯と一緒に口に入れるものですが、うなぎのたれの甘さとチャーハンの塩味がまざっちまって、ちょっと困ったぜ。ちょっと困ったのは私だけではなかったらしく、そのメニューはすぐにどっか行っちまったぜ。
あっ、そうだ。前回紹介したメールの中に「沖縄のチャンポンは野菜炒めがのった丼ご飯だった」というのがあったのを覚えておられるだろうか。私は覚えていたので、早速食べてみた。
どこで食べたかというと沖縄ではなく横浜。鶴見区に仲通商店街というのがあって(JRの川崎か鶴見から歩いても行ける)、そこには沖縄出身の人たちがやっている食堂が集まっているのである。その中の一軒でチャンポンを注文したら写真のような物件がでてきた。間違いなくご飯ものであった。悔しいことにとってもうまかった。
甘味噌を使っているので中華丼とはまた違う味わいで、具にポーク(ランチョンミート)やラフティ(豚の角煮みたいな例のもの)が入っているせいで「おお、沖縄じゃん」というかすかな感動さえ受けた。
「ソースでてんぷら」の回で「沖縄のてんぷらはフリッターみたいに衣が厚いので当然ソース」というメールもあったが、まさにその通りだった。これも写真を撮ってきた。こんな具合です。
本当は焼き飯チャーハンに関するメールをどんどん紹介すべきなのだが、みなさんVOTEが終わったせいか、ほかのテーマに関する話が非常に多い。そして面白い。例えばホットコーラ。
香港のホットコーラに触れた学術論文を見つけましたので紹介します。ガクジュツロンブンです。「1960年代、香港の田舎の村人たちは、コークをまず医療用の特別な貯蔵飲料として扱っていた。広東語で『沸かしたコーラ』を意味する『保火可楽(ボウーホーラ)』としてもっとも頻繁に出された。沸騰するコークに、においの強い生しょうがとハーブを入れたものであるが、風邪のすぐれた治療薬であった」(ジェームズ・ワトソン編『マクドナルドはグローバルか』新曜社刊)。
あの狭い香港に「田舎の村」があったかどうかはともかく、これで歴史的な背景はわかりましたね。日野さんの知り合いはきっと風邪をひいていたのでしょう。それで昔からのやり方でもって、ホットコーラを飲んだということなのでしょうね。ドイツでは風邪をひくとビールを温めて飲むという話を何かの本で読んだ記憶があります。炭酸系のホットって結構、風邪薬になるんですかね。日野さんは「香港や広東省での思い出や与太話」を本にしたそうですよ。香港や広東省の日常食の風景を描いたものらしいです。『香港・広州菜遊記』(凱風社)、書店でみかけたら手に取ってみてください。
「日本の甘味処」に関するメールも多い。読んでいると、いよいよ「こりゃあいっぺん調べてみにゃいかん」という気になってくる。
もち米を食紅で染めるだけでも凄いのに、その上から甘納豆をぶちまけるっていうんですから豪快ですね。「すでにご存じかと思いますが」と書いてありますが、これっぽちもご存じではありませんでした。この事態をどう受け止めてよいのか心が千々に乱れております。い、いかん、めまいが……。
桶川の小林さん、気分はいかがですか。大丈夫ですか。めまいとかしてません?「栗の甘露煮入り茶わん蒸し」がいま眼前にあったらどうするだろう。自衛隊の爆発物処理班を呼ぶかもしれない。その前に110番するだろう。てなことはしませんが、びっくりはするでしょうね、相当。
函館や(一部の?)東北の人は「茶わん蒸しが甘くなくてどうする」と言うでしょうが、東京あたりでも「茶わん蒸しを甘くしてどうする」と反論する人は多いでしょう。特に「だしのほのかなうまみ」を尊重してやまない関西の人に知られると何が起こるかわかりません。どっちが正しいなんてことではなくて、これが「食の方言」というものです。茶わん蒸しも赤飯も甘くていいんです。
中村市の絶対砂糖付きトーストも知りませんでした。ジャムを塗って食べることも多いわけですから、トーストと甘いものは仲がいいんでしょうが、砂糖というのは結構ストレートですね。でも、子供のころ、トーストにバターを塗ってそのうえから砂糖を振りかけて食べた記憶があります。おお、懐かしい。
それと久保さんからは「千葉県浦安市のスーパーS友で『しるこサンド』を発見」の情報が寄せられました。前回私は「小倉サンド」と書きましたが、これは間違いで「しるこサンド」が正解です。乾燥しるこをビスケットで挟んだもの、と考えてください。久保さんは「しるこサンド」を会社に持って行って、みんなで大いに盛り上がったそうです。安上がりに盛り上がれてよかったですね。デフレ系盛り上がりってやつでしょうか。
三林京子さんが今回「ああ書けば、こう食う」に書かれている文章を読んで、しんみりしてしまった。駆け出しのころの苦労に炒めご飯が連れ添っていたんですね。三林さんとは同世代なので(言っちゃいけなかったか)、本当に一語一語が身にしみる。
実はちょっと二日酔い。昨晩、自宅で一人宴会をやったのがいけなかったようだ。というわけで、これにて閉店。
(特別編集委員 野瀬泰申)
[本稿は2000年11月から2010年3月まで掲載した「食べ物 新日本奇行」を基にしています]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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