夢を諦めない 女性の大胆な転身、新風呼ぶ
Wの未来 会社が変わる
最高財務責任者(CFO)から平社員へ。出口恭子(47)は10年前、周囲もうらやむキャリアを捨てた。
■やりがい優先
きっかけは、人員削減で工場を去った従業員の妻から「私たちの今後に思いをはせて」と悲鳴のような手紙をもらったこと。2002年、日本GEプラスチックス(当時)CFOだった。
「企業活動を通じ社会に貢献したい」。東大法学部卒業後、民間企業への就職を選んだ当時の志が頭をよぎった。業績を最優先することに違和感を覚え、顧客や社員を重視すると評判の米製薬大手に全く未経験の医薬情報担当者(MR)として飛び込んだ。
「できるだけ多くの業界で付加価値の生み出し方を知りたい」と小売りや医療機器など様々な業界の外資系5社を渡り歩いた出口。今はコールセンター大手、ベルシステム24の専務執行役に就き、「顧客に最大限の付加価値を提供するために約2万5千人の電話オペレーターの潜在力を引き出したい」と目を輝かせる。
厚生労働省によると11年に転職した女性(パートタイム除く)は女性労働者全体の8.4%。男性の6.9%を上回る。地位に安住せず、飛躍するたび力をつけて夢を形にしていく。そうした女性は少なくない。
■社長辞め起業
07年に衣料品通販ドゥクラッセ(東京・目黒)を起業した林恵子(54)もまた外資企業を渡り歩いた。40歳で米通販大手ランズエンド日本法人社長に就任、日本事業の再構築も担った。
だが学生時代からの夢はあくまでも起業。「起業せず死んで棺おけに納まる自分を想像したら我慢できなかった」。収入ゼロの不安も感じたが、消費者が今までにない製品に喜ぶ顔を見たいと踏み出した。中高年女性の体形に添いスリムに見えるおしゃれ着をカタログ販売。顧客は80万人、設立4年目の10年度の売上高は45億円に達した。
アルコール分0%のビール風味飲料「キリンフリー」を27歳で開発、新市場を開拓したキリンビールの梶原奈美子(31)も信念を貫いた転職組だ。新卒で入社した外資系日用品大手が直後に日本での開発機能を大幅縮小。「商品開発の夢を実現したい」とキリンビールに中途入社した。
最初に手掛けた飲料は売れ行き不振で半年で販売終了。「世の中に役立つ商品を作りたいんです」と訴え与えられたチャンスがノンアルコールビールだった。
妊娠中でも夫の晩酌に付き合える――。「生活が変わったという消費者の声に自分も変われたと実感した」。目標を達成した梶原は「グローバル市場で通用するマーケティングを学びたい」と7月から米スタンフォード大学に留学し、経営学修士号(MBA)取得という次の夢を追う。
ひとつところにとどまらず、転身を経て自らの市場価値を高め、より大きな力を発揮していく。日本ではまだ異質でも、世界に目を向ければむしろグローバル標準のキャリアパス。それを体現している女性たちが吹き込む新風は、日本の企業社会を変えるエネルギーを秘めている。
(敬称略)
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