オタクも女子高生も熱狂、150億円市場生んだ「けいおん!」人気の理由
日経エンタテインメント!

テレビ放送の拡大、豊富なグッズ展開、数百万枚に及ぶパッケージの売り上げ…。平日25時台の深夜アニメとは思えないヒットの数々を生んできた『けいおん!』。2011年12月3日から劇場公開され、興収10億円を超えるヒット。TBSのアニメ全体を統括し、同作のテレビアニメと映画のプロデューサーを務める中山佳久氏も、その広がり方から「突出した作品力を持ち、10年に1度出るかどうかのコンテンツ」と語る。まずはこれまでの『けいおん!』現象を振り返っておきたい。
もともとは『まんがタイムきらら』に連載されていた4コママンガだが、人気が急上昇したのは、2009年4~6月に第1期のアニメが放送されてから。主人公は高校入学と同時に楽器演奏の経験もないまま軽音部に入部してしまった平沢唯(ひらさわゆい・ギター)。部にはムードメーカーの田井中律(たいなかりつ・ドラム)、一見クールだが実は恥ずかしがり屋の秋山澪(あきやまみお・ベース)、お嬢様育ちでおっとりした琴吹紬(ことぶきつむぎ・ピアノ)がいた。ストーリーの基盤は、この4人と8話から登場した1学年下の後輩・中野梓(なかのあずさ・ギター)の部活動を描いた学園モノだ。

アニメ制作は『らき☆すた』『涼宮ハルヒ』シリーズを手がけた人気スタジオ、京都アニメーションが担当。監督を筆頭に、シリーズ構成、キャラクターデザインなど主要スタッフを女性で固め、女子高生ものながら、巨乳を強調したり、極度な萌え的要素を徹底排除。これが深夜帯の放送ながら性別・世代を超えたファンを作る素地となった。また「音楽に青春を賭ける」という熱血とも無縁。放課後の部室で、お茶を飲みおしゃべりするリアルな女子高生の日常がかえって新鮮だった。

放送開始直後から、主題歌・劇中歌が大ヒット。劇中のバンド名「放課後ティータイム」名義でリリースされたミニアルバムはオリコン週間チャート1位を獲得、アニメキャラクター名義の作品で初の快挙となる。ブルーレイ(BD)の売り上げも好調で、第1期第1巻は初週で3万3000枚を突破。テレビアニメの新記録を塗り替えた(当時)。高校の軽音楽部に入部希望者が殺到するという現象も。「唯モデルギター」「澪モデルベース」などを作ったところ、発売後数週間で在庫切れが多出。その影響力は公式グッズの枠を超え、劇中でキャラが使用したと想定される実在の高額楽器やヘッドホン、文房具といった「リアル商品」にまで波及。音楽業界を筆頭に俄然、注目コンテンツになる。
さらに、「声優を起用したライブエンターテインメントを強化したのが奏功した」と語るのは、『もっとわかるアニメビジネス』(NTT出版)著者の増田弘道氏。声優が役名で歌をリリースするケースはよくあるが、『けいおん!』の場合は演じるキャラクターが担当する楽器をゼロから練習した声優たちでバンドを結成。ベースの澪役の日笠陽子は左利きという設定の澪に合わせて利き手を封印する徹底ぶり。その年の12月30日には横浜アリーナでライブイベントを開催。「劇中とそこまでリンクしたアニメイベントは異例」(増田氏)で、チケットが即日完売になる大盛況を見せた。
■第2期で全国放送が決定
こうした追い風を受けて2010年4月にスタートしたのがシリーズ第2期『けいおん!!』。一気に2クールに拡大、6カ月かけて全26話を放送する布陣を組んだ。さらに深夜アニメ枠初の全国28局での放送を敢行(第1期は地上波8局+BS)。「地方のファンからの要望もものすごく、この決断が映画化にもつながった」と中山プロデューサー。『けいおん!』人気は一気に全国区へと拡大する。
高校3年生になった唯たち4人と2年生の梓の1年間を追う第2期。修学旅行、学園祭、受験、卒業といったキーワードを散りばめて最高視聴率4.5%と、深夜帯では破格の数字をたたき出した。オープニング曲がオリコン1位、エンディング曲が同2位にランクイン。同一女性アーティストによるシングルチャート1位、2位独占は松田聖子以来26年半ぶりという快挙だった。映像関連商品は、累計109万枚を達成している。
大ヒットを受けて、マーチャンダイジングも活性化。前述の増田氏も「深夜アニメは映像ソフトで回収するのが王道だったが、全体的に売り上げは低迷気味。そんななかBD・DVDとも好調。さらに、ここまでグッズ展開できるコンテンツは非常に珍しい」と語る。

その理由として、作品世界に商品化のフックとなるものが多数含まれているという強みが挙げられる。放課後の部室で、お茶を淹(い)れてお菓子を食べるという定番のシーンから菓子、飲料とのタイアップ。唯の部屋着でおなじみのTシャツもそのまま商品化。コラボ商品は1000点を超え、150億円市場を作り出した。中高生のファンを意識して、低価格商品が多いのも特徴的。
なかでも積極的なのがコンビニチェーン大手のローソンだ。第2期放送終了から間もない2010年11月に全国約9000店舗で『けいおん! !』フェアを実施。「看板の『エヴァンゲリオン』に続く大型企画を探していたところ、ファンの社員による強力プッシュがあって実現しました」と同社広告販促企画部アシスタントマネジャーの白井明子氏は振り返る。
深夜アニメなのでメジャー感を不安視する声もあったが、結果は大成功。オリジナルのコラボ商品を20点用意したところ、事前告知の段階でツイッターのアクセスが7倍に。該当商品を買うともらえるクリアファイルは発売開始2分で在庫切れ、午後の紅茶(キリンビバレッジ)を買って応募できるフェア時には「店頭から午後ティーが消えた」と騒動になるほどだったとか。「中高生への訴求力がものすごく、首都圏だけでなく、地方の店舗でも驚くほど好調でした」と白井氏。「地方を意識」「低価格商品」といった戦略がぴたりとハマった形だ。全商品を版権元のTBSが徹底管理。「食品を作るときは必ず味見をして納得するまでオッケーを出さない」(中山氏)など、ブランドイメージを守るため細心の注意が払われている。
■映画でブームは頂点に?
そして2011年12月3日から映画が公開された。メンバー中4人の卒業を記念して、全員でロンドン旅行をするという物語設定が発表されるやファンは騒然。公開7カ月前に発売された前売り券4万枚はわずか3日間で完売した。
配給は、2011年アニメでヒットを連発していた松竹。ゲームから深夜アニメ、映画化された『戦国BASARA』が65館(興収3億円)、累計5000万部の大ヒットマンガが原作の『鋼の錬金術師』の劇場版も100館(同6億円)のところ、全国137館と強気の公開を決めた。「単純計算で47の各都道府県に3館の計算。どこのファンも自宅から行ける距離感を考慮している」(中山氏)。
それを後押ししたのが2011年秋以降、全国規模で行われたキャンペーンだ。2011年10月21日時点で、キー局であるTBSを含む系列16局でテレビシリーズの再放送が確定。デニーズ、ロッテリアなどチェーン展開する店とのコラボもスタート。ローソンでは42アイテム12企画という同社史上最大級の展開を用意した。
『けいおん!』人気にあやかりたい大手スポンサーは引きもきらない。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンではローソンと声優イベントを行うほか(チケットは完売)、等身大フィギュアで5人のライブ模様を再現した展示イベントを実施。ルミネ(新宿・渋谷)ではメンズでのコラボを開催中した。果たして『けいおん!』現象はどこまで拡大するのか。
(ライター 金井真紀)
[日経エンタテインメント!2011年12月号の記事を基に再構成]
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