元厚労省局長 村木厚子さんの拘置所生活を支えた150冊の本
日経WOMAN
『一日一生』『花さき山』に、助けられた
「一日を一生と思い精一杯生きる。千日は、その繰り返し」
この言葉が、長い拘置所生活を支えた。
突然の逮捕後、20日にわたる取り調べが始まると、その厳しさに耐えられるのか不安になった。一日は長く、20日間は「永遠にも思えた」。
同じ頃、知人が差し入れてくれたのが千日回峰行を行った天台宗高僧の『一日一生』。そこに冒頭の言葉がつづられていた。
「今日一日を大切に生きよう、それは今いる場所でもできることだと思うと、20日間が永遠だと思うことはなくなった。励まされました」
勾留中は、一日1~2冊のペースで本を読んだ。年間50冊ほどだった読書量は、半年で150冊に上った。身に覚えのない罪での逮捕、容赦ない追及にも絶望せず、冷静に真実を貫き通せたのは、「読書が精神安定剤になっていたおかげ」と振り返る。
それまで、読書は「一番楽しみな時間」だった。
大のミステリー好き。M.コナリーの"刑事ハリー・ボッシュ"シリーズ、P.コーンウェルの"検屍官ケイ・スカーペッタ"シリーズ、大沢在昌に横山秀夫など、その読書歴は推理小説が中心だった。
「ミステリーは、ほかのことを忘れて没頭できるから楽しくて」
多くの友人や支援者が拘置所に差し入れてくれる本には、歴史小説やエッセイ、児童文学など、これまで読んだことのない作家や久々に再会した本も多かった。が、意外にもそれが心の支えになった。絵本『花さき山』もその一つだ。
「励ましのお手紙をいただいても、どうお返事を書けばいいのか分かりませんでした。でも『花さき山』を読んで、どんな境遇でも、どんな些細(ささい)なことでも人にはできることがあると改めて分かったとき、"大丈夫、私は元気"と手紙を書こうと思えて、気持ちが楽になりました」
冒頭の『一日一生』と『花さき山』を勾留初期に読めたことが、心の支えになったという村木さん。実はそれまで、読書が価値観や人生に影響を及ぼしたことはなかった。悩み迷えるときも、本に救いは求めなかった。今回、過酷な境遇を重ねながらの読書体験で「初めて本が精神的な支えになった」と言う。
「極限状態にいたから感じられることも多かった。本の力はすごい。本があったから、半年間を耐えられたのだと思います」
今までに読んだ本は、読了した日やタイトルを記録し続けている。拘置所で読んだ150冊のリストを眺めながら、「いい読書期間でした」と笑顔を見せる。
「つらくても、ページをめくれば楽しい時間が広がる。それは、心の支えになる。好きなジャンルや作家を持つことも大切なことかもしれませんね」
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全150冊のリストを公開!
以下の表は村木さんが拘置所で読んだ148冊のリスト。ほとんどが友人からの差し入れだ。「記録魔です(笑)」という村木さん、20代からこれまでに読んだ本はすべて、タイトル、著者名、初版発売日、読了日を記録している。「エクセルの表でまとめるようになってからは、どの作家の本をどこまで読んだのかを検索できるし、同じ本を重複して買うこともないので便利です」
006 『花さき山』
斎藤隆介作 滝平二郎絵 岩崎書店 1260円
あやが山奥で出会ったやまんばは「やさしいことを一つすると、一つ花が咲く」と言う。「優しさと自己犠牲」をテーマにした名作絵本。
●村木さんコメント/「些細なことでも自分のため、誰かのためにできることはあると改めて教えてくれました」
007 『しゃばけ』
畠中恵著 新潮文庫 540円
人殺しを目撃して以来、虚弱体質な大店の若だんな・一太郎の周りでは猟奇的殺人事件が続発。一太郎は番頭の犬神など仲間の妖怪たちとともに、事件解決に乗り出す。
●村木さんコメント/「ミステリーですがユーモアに溢れ雰囲気ある捕物帖でした」
013 『風が強く吹いている』
三浦しをん著 新潮文庫 860円
素人チームで箱根駅伝再出場を目指す大学生の清瀬。孤独な闘いの中で自分と向き合うこと、人とのつながりを実感する青春小説。
●村木さんコメント/「初めての作家でしたが、若者たちが自分の壁を乗り越えていく様子など、とても引き込まれました」
015 『一日一生』
天台宗大阿闍梨 酒井雄哉著 朝日新聞出版 735円
落ちこぼれ人生から39歳で出家。千日回峰行という荒行を2度行い、「現代の生き仏」と称される著者が「どう生きるか」を淡々と語りかける。
●村木さんコメント/一日を一生と思い生きる。このシンプルな言葉で半年間を耐えられた気がします」
036 『蒼路の旅人』
上橋菜穂子著 偕成社 1575円
ファンタジー小説「守り人・旅人」シリーズ第6作。皇帝の父に暗殺されかけながらも、15歳のチャグムは運命を切り開く旅に出る。
●村木さんコメント/「民族の暮らしの丁寧な描写が興味深い。児童書ですが大人も楽しめます。検事にもすすめました(笑)」
043 『今日の風、なに色?』
辻井いつ子著 アスコム 1575円
著者は全盲のピアニスト、辻井伸行さんの母。絶望の中で始まった子育てから、音楽に希望を見いだし、二人三脚でピアニストを目指す日々をつづる。
●村木さんコメント/「『筆談ホステス』も読み、改めて障がい者問題はライフワークだと感じました」
054 『海岸線の歴史』
松本健一著 ミシマ社 1890円
日本の海岸線は中国や米国よりも長い。それは歴史とともに変化してきた。白砂青松の海が少なくなった今、海岸線から「日本とは」を問う。
●村木さんコメント/「マニアックな歴史ものは新たな視点で日本を見つめることができて面白いですね」
061 『サイのクララの大旅行』
グリニス・リドリー著 矢野真千子訳 東洋書林 1890円
18世紀、オランダ人が当時幻の獣だったサイをインドから運び、ヨーロッパ各地を巡業。行く先々でブームとなる。
●村木さんコメント/「当時の庶民の暮らしぶりがよく分かる。長崎から江戸へ象を連れて行く『象の旅』も面白かったです」
143 『夜と霧』
ヴィクトール・E・フランクル著 池田香代子訳 みすず書房 1575円
ナチスによるホロコーストを生き抜いたユダヤ人医師による、収容所の人々の精神的変化の記録。
●村木さんコメント/「極限状態での人の心理に引き付けられました。今回の経験がなければ、この本の読み方はもっと違ったものになったと思います」
(ライター 松田亜子)
[日経WOMAN2011年1月号の記事を基に再構成]
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