不幸でツラいのは、自分でそれを選んでいるから
熊野英一 ワーママのためのアドラー心理学入門
一方、家庭ではいつもノロノロしている4歳の娘にイライラすることが多くて。これもよくないって分かっているんですけど、すごく感情的に怒鳴ってしまうことがあって、いつも後で自己嫌悪に陥るんです。
さて、このケースを読んで、どこか自分にも共通する部分がありましたでしょうか? この方は、仕事でもプライベートでもつらい思いをしている現状を、自分なりに原因を探って分析していますね。ここでは、トラウマという言葉を使って、不適切な行動(上司に対する反抗)の原因を過去の生育環境(スパルタ教育)に求めています。
トラウマの原因を探っても解決にはつながらない
トラウマのような過去の影響を完全に否定するわけではありません。しかし、アドラー心理学では「原因を探ったところで問題の『解説』にはなるかもしれないが、『解決』にはつながらない」と考え、原因ではなく行動の「目的」に注目します。「人間の行動には、その人特有の意思を伴う目的がある」とする「目的論」という考え方です。
このケースの上司との関係の場合、ダメ出しばかりする上司にイラっときて反抗したくなる、自分の行動の「目的」を探るのです。もしかしたら、自分の頑張りに注目してくれない上司に対して「承認欲求をアピールする目的」で、わざとすねて反抗的な態度を選択しているのかもしれません。
また、怒りっぽくすぐにダメ出しする上司の行動の「目的」も探ってみましょう。恐らくこの上司は、異動したばかりの部署で部下にナメられてはいけないと、部下を支配し「主導権争いで優位に立つことを目的」として、怒りの感情を使い、ダメ出しをしている可能性があります。
このように、自分や他者の行動の「目的」を探れば、より建設的な改善策が見つかります。例えばこのケースでは、異動してきたばかりでなんとかリーダーとしてのポジションを確立したい上司の気持ちに共感を示し、一言「私がチカラになれることがあればうれしいです」と伝えてみましょう。この一言だけで上司はあなたが「自分をリーダーとして尊重し、チームに貢献しようとしてくれている」と理解でき、その結果として「ダメ出し」は激減するはずです。「わたしの頑張りを認めて」なんてアピールする必要もなく、あなたのイライラは消えるのです。
次に、家庭での問題に目を向けてみましょう。
子どもに言うことを聞かせるために怒る
家庭においては、今度は本人がまるで職場の上司と同じように、子どもを支配することを「目的」として、意図的に感情的な態度を子どもに向けていると思われます。あえて言うならば、両親のスパルタ的な教育観は、ご自身の子育て観(子どもは親が支配して育てるものだという信念とそれに基づく行動)に影響を与えているかもしれませんね。
しかしここで注目すべきは、私たちは目的(子どもを支配する)を達成するための手段として、感情(怒って怒鳴る)をつくり出して利用しているということです。決して、怒りという感情があなたを動かしているのではないことに気づきましょう。
アドラー心理学では「人間のすべての行動には相手役が存在する(対人関係論)」と考えます。同じ人が上司や部下、夫や子ども、しゅうとめやママ友など、相手によって変幻自在に、瞬時に態度を変えられることを考えれば、納得できるでしょう。
親子の関係を、タテの関係(支配と依存の関係)に固定化してしまうと、子どもの自立の"足を引っ張る"ことにつながります。あなたは立派な社会人として、仕事場での対人関係において礼節を持った態度で他者と接することができるはずです。それならば、わが子に対しても礼節を持って接することも、できるでしょう。子どもを一人のヒトとして尊重して、タテの関係性ではなく、ヨコの関係性(相互尊敬・相互信頼の関係)で、このように話してみてください。
ネガティブなとき、周りに原因を探してしまう
「何か気持ちが乗らないことがあるならちゃんとお話しして教えてほしいな。時間を守って自分で○○をしてくれるとお母さんはとっても助かるし、お話を聞く時間もできるよ。あなたならきっとできるって信じているから、やってみてくれる?」
相手をコントロールしたいというような下心なしで、このように丁寧に依頼すれば、子どもは一人前に扱ってくれたことをとてもうれしく感じ、素直に依頼されたことを達成しようと努力しはじめます。こうなれば、しめたもの。ママに怒られて、それに反発した子どもがますますすねてやらなくなり、それを見たママがさらに怒って…という無限ループの悪循環が発生することは無くなるでしょう。私たちがつい選択してしまう不適切な行動のウラにある、こうした心理的なカラクリを理解できれば、上司や子どもとのコミュニケーションもきっと変わっていくでしょう。
自分が不幸でつらいと感じるようなときや、怒りのようなネガティブな感情が表に出ているとき、私たちはつい、周りの環境や人(上司や子ども)あるいは過去(親の教育)にその原因を見つけようとし「だから、つらくて不幸なのはしょうがない」と結論づけようとしますが、それは「言い訳探し」にすぎません。
健全な人は「どうすれば相手もハッピーになれるか」と相互の利益を考えます。不健全な人は自分のことは棚に上げて、感情を使って相手を操作しようとしますが、健全な人は、相手を変えようとするのではなく自分が変わることを考えます。
あなたが不幸でツラいのは、実は、あなたが自分でそれを選んでいるから。そうすることで困難を乗り越える勇気を出さない自分に言い訳しているだけです。この考え方をすぐに全面的に受け入れることは、簡単ではないかもしれませんが、このコラムを読んで「目からウロコが落ちた」と感じてくださる方がいらっしゃれば幸いです。
●アドラー・子育て 親育てシリーズ 第1巻 育自の教科書 ~父母が学べば、子どもは伸びる~(熊野英一/アルテ)
●アドラー心理学教科書 -現代アドラー心理学の理論と技法- (監修 野田俊作、編集 現代アドラー心理学研究会/ヒューマン・ギルド出版部)
●7日間で身につける! アドラー心理学ワークブック(岩井俊憲/宝島社)
フランス・パリ生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。メルセデス・ベンツ日本にて人事部門に勤務後、米国Indiana University Kelley School of Businessに留学(MBA/経営学修士)。製薬企業イーライ・リリー米国本社及び日本法人を経て、保育サービスの株式会社コティに統括部長として入社。約60の保育施設立ち上げ・運営、ベビーシッター事業に従事。2007年、株式会社子育て支援を創業、代表取締役に就任。2012年、日本初の本格的ペアレンティング・サロン「bon voyage有栖川」をオープンし、自らも講師として<ほめない・叱らない!アドラー式の勇気づけ子育て>を広めている。2016年2月「アドラー・子育て 親育てシリーズ 第1巻 育自の教科書 ~父母が学べば、子どもは伸びる~/アルテ刊」を発刊。日本アドラー心理学会 正会員。
[日経DUAL 2016年1月13日付記事を再構成]
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