どん底から広げたESG経営 三菱ケミカル・小林氏
三菱ケミカルHDの小林喜光会長×一橋大学の伊藤邦雄特任教授
三菱ケミカルホールディングスの小林喜光会長
三菱ケミカルホールディングス(HD)はESG(環境・社会・企業統治)経営に早くから取り組んできたことで知られる。けん引してきたのが2007年に社長に就任し、現在は会長を務める小林喜光氏だ。国連が持続可能な開発目標(SDGs)を掲げ、世界の投資家もESG重視を鮮明にするなか、日本企業はどんな経営を目指すべきか。2月初め、ESGに詳しい一橋大学特任教授の伊藤邦雄氏と共に講演した内容を紹介する。
【小林喜光・三菱ケミカルHD会長】
化学会社は事業分野が非常に幅広い。社長就任にあたり、我々は何のためにこの会社に集まっているのか、つまり「御旗」を立てる必要があると考えた。ところが就任直後、傘下の事業会社において、工場の火災事故や、独禁法違反の疑いでの立ち入り調査などが重なり、会社は危機的な状況に陥った。責任を負わなければならないのは当然だが、同時に「危機をチャンスに変えなければならない。いつ辞めてもいいんだから、やるべきことをやろう」と覚悟を決めた。
そこで打ち出したのが、人、社会、そして地球の心地よさがずっと続いていくことを意味する「KAITEKI」というコンセプトだ。具体的にはサステナビリティー(持続可能性=環境や資源)、ヘルス(健康)、コンフォート(快適)の3つを企業活動の判断基準と定め、これらに合致しない製品はつくらないし、売らないことを決めた。
二酸化炭素(CO2)削減につながるリチウムイオン電池材料や、自動車を軽量化する炭素繊維複合材料、再生医療などのヘルスケアビジネスなどは、当社が注力する事業の一例だ。また、最近話題となっているプラスチックごみ問題への対応についても、バイオ由来の生分解性プラスチック事業を展開しており、原料の100%植物由来化を見込むとともに、海洋分解性の高い製品の開発にも取り組んでいる。
11年には、企業価値を測る3つの基軸、すなわち(1)資本の効率化を重視する経営(Management of Economics=MOE)(2)イノベーション創出を追求する経営(Management of Technology=MOT)(3)サステナビリティーの向上をめざす経営(Management of Sustainability=MOS)を定め、この3つを一体的に実践し、そこから生み出される価値の最大化を目指す「KAITEKI経営」をスタートした。
社長就任間もない頃はまだESGの概念が日本では浸透しておらず、特にサステナビリティーはどうやって定量化するのか、経営陣も試行錯誤の段階だった。社員の中には「社長は何を寝ぼけたことを言っているのか」という人もいたらしい。メディアでも私のことを「ドンキホーテ」と呼ぶところがあったが、ここはしつこく言い続けるしかないと割り切っていた。
どのように社内に浸透させていったか。まずは現場で働いている社員に、自分たちが実現できるKAITEKIを考えてもらい、目標を達成したら表彰する。また、本社の部長クラスを「伝道師」として支社・工場やグループ会社などに派遣し、理念を広める。私もメディアを通じて積極的に発信したほか、11年には『地球と共存する経営』という著書も出した。こうした活動を通して、だんだん社員も本気で受け止めてくれるようになったと思う。