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東大法でも揺らぐキャリア形成 首席女子も悩む処方箋 元財務省の山口真由さん

2017/4/1

山口真由さん

 東京大学法学部。スーパーエリート養成機関として君臨してきたが、東大文科1類から法学部に進学する際、2016年度に定員割れするなど異変が起きている。官僚や弁護士の人気が下がっているためだが、東大法復権の処方箋はあるのか。東大法を首席で卒業後、財務省に入省、弁護士を経てハーバード大学のロースクールに留学した山口真由さんのキャリアを参考に処方箋を探った。

■東大法から首相が次々誕生していたが

 「東大時代の恩師が『法学部の人気が低迷していて頭が痛いよ』とぼやいていました」と話すのは、06年に東大法を首席で卒業した山口さんだ。東大文1のほとんどの学生(1~2年生)は、法学部に進学してきたが、教養学部(後期課程)など他の学部に進む学生が増えている。法学部によると、「定員は400人だが、16年度に定員割れを起こした。3月末時点で17年度は未確定だ」という。

 東大受験専門塾「鉄緑会」の冨田賢太郎会長は「うちの生徒の8割近くが理系志望。『理高文低』が鮮明になっている」という。鉄緑会から17年は東大医学部に進学する理3の定員97人のうち60人の合格者を輩出した。もともと同塾は東大文1、理3の合格を目指して誕生したが、「文1の優位はなくなりつつある」という。東大法出身で経営共創基盤の冨山和彦最高経営責任者(CEO)は「僕らの時代は文1の人気が圧倒的だったが、合格最低点でも文2、文3とあまり差がつかなくなっている」と話す。

 今も法学部は東大の看板学部であり、国内の大学文系の最難関であることは変わらない。かつては東大法を卒業して官僚となり、政治家に転じて首相になるというのが日本の最高のキャリア像といわれた。

 戦後だけでも吉田茂、佐藤栄作、福田赳夫など東大法卒、官僚出身の首相がきら星のように続いた。しかし、1991年に首相になった宮沢喜一氏以降、東大法卒の首相は誕生していない。バブル経済崩壊後、大蔵省接待汚職事件が98年に発覚、「官僚の中の官僚」と呼ばれた大蔵官僚の地位が揺らぎ、同省は解体の憂き目に遭った。

■月残業300時間は3割バッター

 山口さんは大蔵省が改変改称して発足した財務省に入ったが、当時も「他の省庁と違い、独自のオーラがありました。入省したときに企画官が『我々は命をかけて国家のために働く』と堂々と語っていた」。当時は月残業300時間は当たり前、むしろ「3割バッター」と称賛されたという。主税局に配属され、異常な忙しさが続いた。同省には職員用の風呂、通称「大蔵温泉」がある。「その頃は午前3時には閉まったが、それまでに仕事が終わらなかったときも1度や2度ではない」

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