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若い人たちの出世意欲が減っている、という話を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。けれども、アンケート調査の結果を見ると、20代の出世意欲は時代を問わず高いようです。しかし30代になると、出世の意欲は急に減ってしまいます。その主な理由は「ワーク・ライフ・バランスのとれた生活をしたいから」ということです。

では、ワーク・ライフ・バランスを守るために出世しない、という選択は幸せと満足を運んでくれるのでしょうか? 会社の人事の仕組みから見た時、そこには大きなリスクが隠れています。

【出世してもどうせ報われないから出世しなくていい】
「電機メーカーで12年目、35才です。会社では課長手前の役職で、一般的には係長、ということになると思います。先日、管理職への昇進試験を受けるように上司から指示されたんですが、昇進することを考えると気が重いんです。外部研修を受けに行かないといけないし、ペーパーテストもあります。昨年受けた先輩にどんな問題だったか聞いたんですが、結構難しい感じでした。だから真面目に勉強しないと厳しそうです。けれども残業だって多いし、休日出勤だってたまにある状況で、今も暇なわけじゃないんですよ。
 うちの会社は一応大手なんで、年収は650万円あります。だからこれくらいでいいかなぁ、と思うんですよね。頑張って課長になったところで1000万円の年収になることは難しいそうです。なのに、今よりも責任だって重くなるし、仕事もきつくなります。転勤だってしないといけないらしいし。その先、さらに役員とかになれるんだったら上を目指してもいいけれど、僕なんてまあ課長どまりですよね。
 正直、これ以上頑張ってもたいして報われないのなら出世はいらないかなぁと思うんです。政府も多様な働き方とか言ってるし、出世を目指すよりも、生活を充実させたほうがいいと思いませんか?」

30代になると見えてくる仕組み

マーケティング・リサーチ会社のクロス・マーケティングが実施した「若手社員の出世・昇進意識に関する調査」(2015年8月)によれば、20代から30代社員のおよそ4割の人たちだけが出世に前向きだという結果が出ています。残る6割はどちらかといえば出世したくない/出世にこだわりがないとのこと。

しかしこの調査を別の切り口で見てみると、少し様子が変わってきます。

20代男性に限定すれば、出世に前向きな人の方が6割となるのです。しかし30代男性になるとその割合が4割にまで急に減少します。

20代男性が出世に前向きな理由は大きく二つあります。「給与・年収が上がるから」「社会的な地位や名誉が得られるから」という理由なのですが、これが30代になるとむしろ逆に「出世をしても給与・年収がそれほど上がらないから」出世しなくても良い、となってしまうのです。出世するよりもむしろ「現場で働いていたい」という人も一定割合で増えてくるのが30代です。

20代のころは出世を目指して頑張るけれど、30代になると現実が見えてくる、ということなのでしょうか。

報われない出世の原因

実は20代男性の約6割が出世志向という統計データは、何も最近に限ったわけではありません。「管理職への昇進希望に関する男女間差異」(2012、安田宏樹)という論文によれば、2008年の時点においてもやはり20代の男性の6割が出世志向だというデータが示されています。

より重要なことは、20代で出世したいと思っていた人たちのうち、3分の1にあたる人たちが出世しなくても良い、と考え始めることです。

第一の理由は、30代になると給与の天井が見えてきてしまうこと。多くの企業の給与制度は、だいたいこれくらいあれば生活できるでしょう、という金額をイメージして設計されています(これを生活給といいます)。昔だと「年令万円の月給があれば生活できるだろう」という言い方もありました。しかし月給20万円が30万円に増えることはインパクトがありますが、月給30万円が40万円に増えていったときに、インパクトは減ってしまいます。経済学では限界効用逓減という言い方をしますが、同じだけの収入が増えたとしても、元の金額が大きくなっていくと喜びも減ってしまうのです。

第二の理由は、多くの企業でまだまだ滅私奉公を求めてしまうこと。2017年の今年になってようやく多様な働き方改革が現実味を帯びてきましたが、それでもなお、企業側経営者にとっては、個人の生活を重視する人よりも、会社の都合にあわせて残業や転勤をしてくれる人を重用したくなる気持ちまでは変わっていません。だから出世すると自由がなくなるということはまだまだ現実です。

そして、人事の仕組みもそのようになっています。以前の記事「給料が一気に倍!? 制度が後押し レア人材の市場価値」で賃金カーブという、年令と給与との関係を示したグラフを紹介しましたが、この賃金カーブの傾きは決して大きくありません。昇給に対して魅力を持たせるためには、むしろ毎年給与が増える割合そのものが増えなければいけないのです。

しかし「デキる人や成果を出した人にどんどん高いお金を渡してもっと頑張ってもらおう」という会社は意外なほど少なく、多くの会社は「決して多くはないけれど、生活できるレベルの給与を払うし定年まで雇えるようにするから、満足して働いてください」という安心感を重視した仕組みを採用しています。

だから生活できるだけの給与を受け取っていれば、滅私奉公してまで出世するよりプライベートの充実を図ろうとすることは、決しておかしな話ではありません。

定年まで雇われる保証はどこにもない

では私が相談者に対して「そういうライフスタイルもいいと思いますよ」と答えたのか、というとそうではありません。

なぜなら人は必ず年を取るからです。

そのあたりまえの事実を示したうえで私は相談者に尋ねました。

「会社の中で出世を目指さないと決めてしまったら、10年後に給与が激減したり、職を失う可能性が飛躍的に高まりますがそれでいいですか?」

不思議そうな顔をする相談者に、私はさらにつづけました。

「10年後にはあなたの次の係長候補がすぐ後ろにせまっていることでしょう。そのとき、あなたが経営者だったら、45才の10年目係長と、35才の係長候補、どちらを大事にしようと思うでしょう」

そう指摘すると相談者は、自分の会社で最近行われた40代以上向けの早期希望退職が実質的には退職勧奨であったことを思い出したようで、少し青ざめてしまいました。

この相談者の最大の勘違いは、出世をあきらめてもずっと会社にいられる、そして今以上の給与を受け取れる、と考えてしまっていることです。残念ながら、よほどの大手か、従業員を家族的に守ろうとする会社でなければ、暗黙のうちに皆が信じている「定年までの雇用」が守られない可能性が高くなっているのです。

今後10年間が勝負どころ

出世を目指そうとしないということは、環境の変化などに対しての視点を鈍らせる場合もあります。そうなってしまうと、やがて「仕事のデキないおじさん」が出来上がってしまう可能性も高まります。

そもそも、勘違いの本質は、いつまでも会社にいられると思ってしまっていることなのです。特に日本では、終身雇用とか60才からの再雇用とかの言葉から、会社が従業員を守ってくれるという想像をしてしまいがちです。

しかし、会社とはもはや従業員の生活を守るための共同体ではありません。ビジョンやミッションなどの使命に賛同する人たちが集まったプロジェクトのような存在なのです。だからこそ、今と変わらなくても良い、と考える人たちではなく、常に自分の役割を問うていく人たちによって構成される組織に変わりつつあります。言い換えるなら、成長を目指さなくなった人を常に淘汰してゆく組織に変わりつつあるということです。

出世意欲とは、成長を目指す意識のあらわれのひとつです。

必ずしも上の役職を目指さなくとも、専門性を伸ばすとか、プロになりたいとかの思いも出世意欲と言えるでしょう。しかし、現状の給与でいい、という思いから出世しなくてもいいと思うのであれば、10年後には厳しい選択を迫られることになるかもしれません。

そもそもそこには、会社側が築き上げてきた、あきらめる30代を生む仕組みが隠されています。それがどういう仕組みで、どうすればその仕組みを乗り越えていけるのかについては、また次回説明しましょう。

平康 慶浩(ひらやす・よしひろ)
セレクションアンドバリエーション代表取締役、人事コンサルタント。
1969年大阪生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。アクセンチュア、日本総合研究所をへて、2012年よりセレクションアンドバリエーション代表取締役就任。大企業から中小企業まで130社以上の人事評価制度改革に携わる。大阪市特別参与(人事)。

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