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なぜ外国人向けに新地図記号?  国際化の意外な盲点 編集委員 小林明

2016/8/19

 まず質問――。みなさんはこれら4種類の記号の意味をご存じだろうか?

 答えは郵便局(左上)、交番(右上)、病院(左下)、ホテル(右下)――。

 実は従来の地図記号とは別に、国土地理院が初めて定めた外国人向けの地図記号の抜粋である(2016年3月30日公開)。

 すでに日本国内に定着している地図記号があるのに、どうして新たに別の地図記号を決める必要があったのだろうか。その背景を探ってみた。

■外国人向け地図記号は15種類、7種類は従来の記号を大幅手直し

 国土地理院がこのほど初めて定めた外国人向け地図記号は15種類(郵便局、交番、神社、教会、博物館/美術館、病院、銀行/ATM、ショッピングセンター/百貨店、コンビニエンスストア/スーパーマーケット、ホテル、レストラン、トイレ、温泉、鉄道駅、空港/飛行場)。

 2014年に学識経験者や文化人などで構成する検討会(座長は森田喬・法政大学教授)を立ち上げ、外国人向けの地図記号のあり方について議論を重ねてきた。「2020年の東京五輪開催や近年の外国人観光客の増加傾向をにらみ、外国人にも分かりやすい地図記号を作成することが観光立国の実現には必要だと判断した」と国土地理院・基本図情報部は説明する。

■東京五輪・観光立国に向け、地図記号の「分かりにくさ」を解消

 15種類の地図記号のうち9種類には日本国内で使ってきた従来の地図記号が存在するが、そのうち郵便局、交番、教会、博物館/美術館、病院、ホテル、空港/飛行場の7種類は従来の地図記号を大きく変更した(神社、温泉の2種類は従来の地図記号をそのまま採用)。「外国人へのアンケートの結果、外国人には分かりにくいなどの意見が出た」(国土地理院)からだ。

■「〒」は日本独自で分からない、「×」は進入禁止に見える?

 具体的に説明しよう。

 「郵便局」――従来は〒(郵便記号、明治時代に逓信省の片仮名読みの語頭「テ」を記号化)を○で囲んだ記号を使ってきたが、「〒は日本独自の記号なので来日したばかりの外国人には分からない」(オーストラリア、米国、カナダ、ベルギー人など)との意見が相次いだため、封筒のイラストを採用した地図記号に変更した。

 「交番」――警棒(6尺棒)を交差させた地図記号を従来、使ってきたが、「進入禁止に見える」(米国、インドネシア人)、「分かりにくい/分からない」(韓国、ギリシャ、米国、豪州、パキスタン人)などの意見が寄せられたため、警官が敬礼している姿に建物を組み合わせた地図記号に決めた(警察バッジのデザインなども検討されたが、「違和感がある」などの理由で不採用となった)。

■「+」は墓地? 「H」は病院・ヘリポート? 誤解回避へ新記号を設定

 「教会」――十字架のみの地図記号を従来、使ってきたが、「十字架のみだと墓地と混同される恐れがある」と検討会の委員から指摘があったため、十字架と建物を組み合わせた地図記号を採用することにした。

 「病院」――十字をホームベース型の枠で囲った地図記号(旧陸軍の衛生隊のマークをもとにデザイン)を従来、使ってきたが、「教会に見える」(英国、豪州、米国、カナダ人など)、「お墓のよう」(イタリア人)、「旗のよう」(豪州人)、「盾に見える」(豪州人)などの意見が出たため、十字に建物を組み合わせた地図記号がふさわしいという結論になった。

 「ホテル」――Hotelの頭文字のHを○で囲んだ地図記号を従来、使ってきたが、「病院と間違える」(米国、タイ、カナダ、フィリピン、ベルギー、イラン人など)、「ヘリポートに見える」(英国、インド、インドネシア人など)、「ドイツだとバス停を示す」(ドイツ人)などの意見が多かったため、ベッドに人が寝ているデザインを採用することにした。

■外国人の立場から見える“盲点”、銀行・百貨店・コンビニなど6種類を新設

 日本国内ですでに浸透し、親しまれてきた従来の地図記号だが、外国人の目線から見直してみると意外な“盲点”が改めてあぶり出された格好だ(「博物館/美術館」や「空港/飛行場」については、リアルさを加えてより分かりやすいデザインに手直しした)。

 このほか、銀行/ATM、ショッピングセンター/百貨店、コンビニエンスストア/スーパーマーケット、レストラン、トイレ、鉄道駅の6種類については従来の地図記号にはなかったが、来日した外国人には必要で便利な情報になるため、新設することにしたという。

■「卍」などが見送られたワケ……ナチスとの混同懸念も「由来を理解してほしい」

 検討案に浮上しながら、最終的に決定を見送ったものもある。寺院、モスク、観光案内所の3種類だ。

 どうしてだろうか? 順番に説明しよう。

 「寺院」――仏教で陽光や仏心を表す卍(まんじ)を地図記号として従来、使ってきたが、アンケートで「逆卍のナチス・ドイツを連想させる」(米国、イタリア、中国、ロシア、フランス人など)との懸念が多数寄せられたため、三重の塔のイラストを採用する案などを検討していた。だが、「卍記号を尊重すべきだし、その由来を外国人にも理解してもらうべきだ」「三重の塔では分かりにくいし、寺社と混乱する」などの異論も続出。結局、決定を見送ったという。

 「モスク」――三日月と星を組み合わせた案などが検討されたが、「まず日本の地図記号にしておかないと日本人が説明できない」との意見が出たため、決定を見送った。海外でも様々な地図記号が使われており、統一されたデザインはないようだ。

■「?」か「i」か、観光案内所は国際標準「i」で一本化へ

 「観光案内所」――有人は「?」、無人は「i」を採用する案を検討していたが、経済産業省との協議で「絵文字を定めている日本工業規格(JIS)が国際標準化機構(ISO)との整合性を図るため、『i』記号に一本化する見通しである」ことが判明したため、JIS改正の検討結果を待つことにした。現段階では「i」記号に一本化される方向で議論が進むとみられる。

 国土地理院は地名の英語表記のルールについても明確にした。

 英語表記には名称全体をひとまとまりとして扱う「追加方式」と、名称の地形などを表す部分(山、川、湖など)を英語に置き換える「置換方式」の2種類ある。

 「名称全体が一体としてすでに通用していたり、固有名詞的部分が短かったり、地形を表す部分の直前に『の』『ノ』『ケ』などの助字や『っ』などの促音が入っていたりする場合には全体をひとまとまりとして扱った方が分かりやすいので『追加方式』、固有名詞的部分がすでに居住地名や公共施設名としても使われている場合などには地形を表す部分を英語に置き換える『置換方式』とする」(国土地理院)というのを原則とした。

■「追加方式」と「置換方式」のメリット・デメリットとは

 このルールに従うと、たとえば「筑波山」(Tsukubasan)は「筑波」(Tsukuba)+「山」(San)ととらえ、「山」をMt.に置き換えて「Mt. Tsukuba」と表記することになる。逆に、「荒川」(Arakawa)は「置換方式」の「Ara River」では日本人には通用しないので「追加方式」による「Arakawa River」と表記することになる。

 少し複雑になるが、読みは同じでも、「那珂川」(Nakagawa)は那珂という居住地名があるので「Naka River」、「中川」(Nakagawa)は「中」の文字数が少なく、さらに単体で地名として使われることがないので「Nakagawa River」と表記することになる。

■「富士山」はMt. Fuji、「霞ヶ浦」はLake Kasumigaura

 「『追加方式』は日本語の発音がそのまま含まれるので日本人に通じやすいメリットがあるが、文字列が長くなり覚えにくいうえ、視認性も低下するデメリットがある。一方、『置換方式』は文字列が短くて覚えやすく、視認性も高まるメリットがあるが、場合によっては日本人に通じにくくなるデメリットもある」(国土地理院)

 こうした状況を踏まえ、国土地理院は(1)日本や日本語の知識がない外国人にもわかりやすいこと(2)外国人が日本人に問いかけて発音したときに通じやすいこと――を重視してルールを定めたという。

 原則に従えば、「置換方式」により「富士山」(Mt. Fuji)、「高尾山」(Mt. Takao)、「諏訪湖」(Lake Suwa)など、「追加方式」により「大山」(Mt. Daisen)、「月山」(Mt. Gassan)、「霞ケ浦」(Lake Kasumigaura)などと表記することになるわけだ。

■あくまでも外国人向け、日本人向けは従来の地図記号を使用

 今回紹介した外国人向けの地図記号は、あくまでも外国人向けの地図などに使われるので、従来の地図記号自体になにも変更はない。ただ、多くの日本人が海外に出掛け、多くの外国人が日本を訪れるようになる国際化が進むなかで、従来の地図記号にも意外な“盲点”があることを改めて気づかせてくれた。

 時代や社会の変化に応じて、身の回りの表示や尺度も常に見直しを迫られているといえそうだ。

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