ツノゼミの不思議なかたちの意味を考えた
最近、空気に厚みが増してきた。雨季に入って湿度がグッと上がったのだ。そして昆虫たちがせわしなく動き始め、それに合わせてぼくのほうも毎日飛び回るような生活が始まった。
午前中、晴れて気温が上がると、家の周りの茂みでは5種ほどのツノゼミたちがビュンビュンブンブン飛び回る。その中でよく見かけるのがミカヅキツノゼミだ。
ミカヅキツノゼミは、クラドノータ(Cladonota)という属に分類されるツノゼミで、その名の通りツノのかたちが三日月のように弓なりになっているものが多い。ぼくはこれまでにコスタリカで、約10種のミカヅキツノゼミを確認している。専門家によると、熱帯アメリカには記載されていない(新種で学名が付いていない)ミカヅキツノゼミがまだまだたくさんいるそうだ。
今回紹介するのは、クラドノータ・ゼレドニ(Cladonota cf. zeledoni)という種(おそらくこの種だが、まだ完全に同定はできていない)。この種、茂みの葉から葉へと飛ぶ姿もよく見かけるけれど、ヒルガオ科の植物のツル(蔓)にとまって汁を吸っているところもよく目にする。
最初にこのツノゼミに出会ったとき、ここの茂みには形の違う2種のミカヅキツノゼミがいるものとぼくは思っていた。でもあるとき、その「2種」が隣り合わせにいるところを見かけた。たまたま一緒にいるだけとも思ったが、もしかするとツノのかたちが違うオスとメスなのかもしれないと思い直し、このツノゼミたちを採集することにした。
そうして交尾器のかたちをよく調べてみると、ツノの先が風船のように大きく膨らんでいるのがオスで、ツノがくねくね細長く伸びているのがメスだということが判明。見かけたのは、たまたま隣り合わせにいたのではなく、交尾をしているところだったのだ。これまでに見てきた別のミカヅキツノゼミは、オスメスでこれだけの差がなかったのでビックリさせられた。
ツノの先端が大きく膨らみ、全体が黒くて太いオスと、茶色っぽくて細身のメス。ツノの伸び具合や膨らみ具合には個体差があるものの、このミカヅキツノゼミはなぜここまでオスとメスでツノのかたちが違うだろうか?
文献を調べたり、行動をじっくり観察したりして、ぼくは以下の三つの理由を推測した。
(1)オスのツノは飛び回るのに向いている
オスはメスと違ってよく飛び回る。ぼくが近づくと、オスはすぐにシューっと飛んで逃げたりするが、メスはあまり逃げない。じっとしているメスに出会うために飛び回っているのだろう。オスのツノは、こうした行動に適したかたちなのではないか。
(2)オスのツノは求愛の唄を増幅させる
ツノゼミは一般的に、オスがメスへ求愛する。その際、オスは体を振動させ、その振動(鳴き声)を、植物を介してメスへと届かせる。先が大きく膨らんだオスのツノは、ステレオなどのスピーカーのエンクロージャー(箱)のように、振動を増幅させる効果をもつのではないか。雨風の強いモンテベルデでは、大きく膨らんだツノは効果をより発揮するのかもしれない。
(3)メスのツノは擬態効果を高めている
メスは茎の上でじっとしていることが多い。ツノの横幅が生活場所であるヒルガオの茎の幅と同じで、形状は少し枯れた茎や枯れた新芽に見える。枯れて乾燥したこのヒルガオの茎を顕微鏡で拡大して、メスのツノの質感や色と比べてみると、これまたそっくり。オスよりも鳴く必要性が少なく、メスのツノは「擬態優先」のためのかたちなのではないか。
本当の理由は上の1つだけかもしれないし、3つ全部の可能性もある。これからも気を付けて観察し続けていくと、もっとヒントが得られて、また違ったことが見えてくるかもしれない。
1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学でチョウやガの生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[Webナショジオ 2016年6月7日付の記事を再構成]
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