枝の中の謎のカミキリムシは新種だった
カミキリムシが咬み切った枝を拾い集めて飼育している。正確に言うと、枝の中に産み込まれたカミキリムシの卵を、枝ごと飼育してきた。その数30本ほど。今回は、枝切りと産卵の一部始終をお届けします。
拾った枝を飼育し始めてから1年ほどたった2015年の7月下旬から10月にかけて、枝から成虫のカミキリムシが出てきた。その数なんと、50匹以上!
現れた虫は、カミキリムシの専門家ジノー・ネアーンズ(Gino Nearns)博士と一緒にあらかじめ予想していたとおり、ペリエルガテス属のカミキリムシだった。しかも新種! 飼育が成功したことで、この属の生態も明らかになった。たとえば、この属が枝を切って産卵するということさえ定かでなかったのである。
2015年の12月ごろから、カミキリムシに切断された枝を再び見かけるようになった。乾季の半ばのモンテベルデは落ち葉が多くなり、多くの木々は新芽を芽吹かせるために栄養を枝先へと送る時期。ジノー博士によると、そんな枝を切り取ることで、幼虫たちが育つための栄養を枝内に閉じ込めているのだろうとのことだ。
切り取られた枝を見るたびに、木々をカット調整(トリミング)する森の庭師のような印象を、このカミキリムシに対して強く抱くようになってきた。
論文の発表に向けてもっと調べていこう。カミキリムシの調査と飼育は、2ラウンド目、2年目に突入した。今回の目標は、枝を切り落とすまでのメスの行動、卵と幼虫とサナギの形態、成虫が出てくるまでの生態などを詳しく観察し記録していくことだ。この新種が枝を切ることがわかった以上、1ラウンド目、1年目に確認できなかったメスが枝を切って産卵する行動をまず見届けなければ!
そこでぼくは、枝が落ちていた庭の木々を見回りに出かけることにした。探し始めて1カ月が過ぎた2016年1月6日、コナラの仲間の木に、完全に切り落とされる手前の状態で、ダラ~んとぶら下がっている枝を見つけた。カミキリムシが切ったのにちがいない。メスはまだいるのか? いた!!
翌朝、メスはまだ垂れ下がった枝にいて、細枝を切る作業を続けていた。それにしても気の遠くなりそうな作業だ。細枝切り作業は午後まで続き、13時28分、作業を終えたのか、垂れ下がった大枝から木の違うところへと離れていった。
最初に大枝を切って垂れ下がらせる作業は観察できなかったが、それを除いても、まる1日がかりの作業だ。カミキリムシが念入りに作業した枝は、細い枝や葉っぱがすっかり切り落とされ、さっぱりした状態で静かにぶら下がっていた。
その10日後、15日の夕方には、オスがメスに求愛しているところを見つけた(上の写真)。メスは切り取って産卵するのに良さそうな太さの枝にしがみついている。これは要チェック、産卵用の大枝を切り取る作業を見ることができるかもしれない。
翌日、同じ枝を何度か確認しに行ってみると、枝切り作業をするメスに出会えた。体を枝の周りに沿って移動させ、アゴを引くように手前に動かし、かじり、削り取っていく。この作業も、見つけてから2時間半続いた。仮に気温が高くなる10時ごろから切り取り作業を始めていたとすると、約4時間かかっていることになる。
この後の産卵作業と細枝や葉の切り取り作業は、そのまた翌17日の夕暮れ前まで続いた。全工程がある程度把握できた。時間とエネルギーをたっぷり費やして子孫をつなぐ、メスの几帳面な行動に、胸がいっぱいになった。
枝に産み込まれた卵から出てくる幼虫たちは、枝の中でどんな生き方を見せてくれるのか。これからの観察が楽しみだ。
1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学でチョウやガの生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[Webナショジオ 2016年2月9日付の記事を再構成]
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