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ライブ会場に使うホールが不足しているらしいわ。どうしてそうなっているのかしら。大好きなアーティストのコンサートが見られなくなったらどうしよう。

ライブ会場となるホールの不足問題について、水田曜子さん(51)と島田佳世さん(48)が石鍋仁美編集委員に話を聞いた。

 ホールの数が減っているって本当ですか。

「東京厚生年金会館や青山劇場が消えたほか、渋谷公会堂も建て替えのため、閉館しました。きちんとした統計がないため、ホールや客席の総数の推移はよくわからないのが実態です。ただ、首都圏に限ると、直近10年間で利用できなくなった席数は2万5000席を超すと、俳優や歌手の団体である日本芸能実演家団体協議会は訴えています。今後、さいたまスーパーアリーナといった数万人規模を収容できる施設の改修も重なり、一時的には6万以上の席が使えなくなりそうです」

「一方、全国公立文化施設協会(東京・中央)によると、公共ホールの稼働率の全国平均は2013年度で52.2%。そのため、ホールは足りているというのが政府の見方のようです。しかし、コンサートなどを主催するプロモーターには、収益確保のために望ましい1500席以上の大型ホールが首都圏で特に減っており、しかも公共ホールは地域住民の催しなどが優先され、営利目的での利用は敬遠されているとの不満があります」

 なぜ、ここにきて減ってきているのですか。

「使い勝手が良いホールの多くは、戦後の高度経済成長期に相次いで建てられました。そのため、老朽化が進み建て替えが必要な時期にきています。しかも11年の東日本大震災以降、耐震工事も迫られています。ホール運営は決してもうかる商売ではありません。企業や団体の経営を取り巻く環境が変化し、社会貢献やイメージ戦略のため建てたホールの中には、改修のために休業するところがある一方、今後の採算を考え廃止してしまうところも出てきました。そこに20年の東京五輪のために改修が必要となった施設も重なり、現在の状況となっています」

 会場の減少でどんな影響が出そうですか。

「ぴあの調べでは、コンサートや演劇などライブ市場は、14年で4260億円と3年連続のプラス成長です。しかも13年は15.2%、14年は10.9%と2年連続で2桁増でした。東日本大震災以降の『みんなでつながりたい』という心理が背景にあるようです。会場不足はこうした需要に水を差します。またポップス系のミュージシャンは、ドル箱の首都圏での大規模なライブで収益をあげ、地方公演の費用に充てます。大きなホールが使えなければ収入減となり、地方公演が減る可能性があります。また、大きな会場を使えない人が中規模ホールを長く借りるといった玉突きが起き、小さい会場を利用してきたアマチュアの公演の場が不足する問題もすでに生じています」

「さらに大きな課題が、外国の有名ミュージシャンの公演です。通常、数カ月から1年前にアジアツアーの日程を固めるのですが、今や大規模ホールやスタジアムは2年前に予約しておかないと公演ができない状況です。そうなると、ソウルや香港、シンガポールでの公演を優先し、東京公演をやめる『日本パッシング(通過)』現象も懸念されます」

 何か対策はないのですか。

「短期的には空いている自治体のホールや大学の講堂の活用が考えられます。そのためにはホール側が使用規則や利用時間について柔軟に対応する必要があるでしょう。中期的には料金体系などホールの増収が見込める仕組み作りが必要です。例えば、平日のチケット代を安くし、週末は高くすることで平日の稼働率を上げる。あるいは、ホール代とは別に音響や照明などの機材の使用料をホール側が取れるようにすれば、経営も今より楽になります」

「長期的には地域の再開発にホール建設を組み込むのも一案です。計画当初からコンサートのプロモーターなどをメンバーに加えれば、使い勝手の良いホールにすることができ、集客力も上がります。自治体が地域としてのブランド向上やにぎわいをもたらす存在と位置付け、固定資産税の減免や容積率の緩和などの優遇措置をとれば、ホール運営に乗り出してみようかという企業も増えるのではないでしょうか」

ちょっとウンチク


日本娯楽産業の脆弱な基盤
 人口1人当たりでみると、昔の日本には今よりも多くの「劇場」があったという話を聞いたことがある。ただし大規模なものではない。都市、農村、歓楽地の芝居小屋や寄席、能や神楽の舞台だ。やがて映画が娯楽の王座を奪い、芝居小屋の一部は映画館に転身して生き延びた。しかしそれもテレビの攻勢で衰退する。
 ネットの普及がテレビの地位すら揺るがし始めた今、原点回帰するかのようにライブ体験の価値が復活しつつある。米国ではニューヨークのブロードウェイも含め、劇場は基本的に企業やNPOなど民間が経営する。政府や自治体の助成金もあるが、基本的にチケット収入と企業や個人の寄付で賄っているという。
 不人気作はすぐに打ち切り、人気作はどんどん公演を延長するといった会場経営のノウハウの厚みや地域住民の理解が背景にある。ホール不足は、米国に比べ日本のエンターテインメント産業が脆弱な基盤の上に立っていることを、期せずしてあぶり出した。
(編集委員 石鍋仁美)

今回のニッキィ


水田 曜子さん 商社勤務。キックボクシングの要素を取り入れたエクササイズを12年間続ける。「やればやるほど奥深く、ダイエット効果も抜群なのが魅力です」
島田 佳世さん イベント関連会社勤務。14年前から和太鼓を続ける。地元の祭りなどにも呼ばれて演奏する。「みんなが演奏を楽しんでくれると、うれしくなります」
[日本経済新聞夕刊2016年1月25日付]

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