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賃上げを巡って、春の労使交渉が始まっているわね。政府は今年も経営者に賃上げをお願いしているけれど、見通しの方はどうなっているのかしら。

賃上げをテーマに安藤みゆきさん(54)と鈴木朋子さん(39)が水野裕司編集委員に話を聞いた。

 賃上げのニュースで「ベア」という言葉をよく聞きます。

「春季労使交渉の際によく出てくる言葉として、『ベア』と『定昇』があります。それぞれ『ベースアップ』と『定期昇給』の略です。ベアは、毎月の基本給の水準そのものを底上げするイメージです。定昇の方は、入社2年目は初任給よりいくらか給与が上がり、さらに3年目には2年目より増えるといった具合に階段状に上がっていくシステムで、大手を中心に採用している企業が多いと思います。昔は賃上げというと、ベアのことを指していました。しかし近年は、定期昇給の部分を含めて上がっていれば、賃上げといわれています。ベアが実施されると、賃金が上がったという実感が得られやすいとされます。そのため、ベアのあるなしが大きな注目を集めるのです」

 政府は企業に賃上げを要請していますね。

「安倍晋三政権が企業に賃上げを本格的に要請し始めて、今年で3年目になります。2014年春の賃上げを、経団連が会員企業などを対象にした調査でみると、53%がベアと定期昇給の両方を実施しました。一方、定昇だけの企業も47%とほぼ半々という結果でした」

「21世紀に入ってから企業は、ベアを実施しない傾向にありました。ただ1990年代まではベアは珍しくなく、特に高度成長期は2桁の賃上げが続いていました。高度成長期は今と違って物価が上がっていたうえ、企業の収益が右肩上がりで伸びて大幅な賃上げがしやすかったためです。労使交渉で重視されるのは過去1年間の物価上昇率です。物価が上がると、その分、生活が苦しくなるので、物価上昇に見合った形で賃上げしましょうというのが労組と経営者の了解事項だったのです」

 今年の見通しはどうなりそうですか。

「経団連は今年もベアを否定してはいませんが、ベアにとらわれず、ボーナスを含めたトータルの年収を昨年より上げるという対応を会員企業に推奨しています。背景に景気の先行き不安があります。代表的な経済指標である鉱工業生産指数をみると、2010年を100としたとき、15年12月は96.2と思わしくありません。中国や新興国の景気減速などが大きく影響していることに加え、円高が進めば輸出の減少など悪影響が広がる可能性があります」

「一方、労働組合も景気の不透明感などから高い賃上げを要求しにくくなっています。労働組合の中央組織である連合は、14年に『ベア1%以上』、15年は『ベア2%以上』と要求しました。しかし、今年は『ベア2%程度を基準に』と『以上』という言葉がなくなるなど勢いが弱まりました。製造業の主要産業を束ねる金属労協の16年の要求額は、ベア3000円以上と15年の半分です。終身雇用が残る日本では、自分の定年までは会社に倒産されると困るので、経営者に譲れるところは譲ろうとの気持ちが働くのではないでしょうか。『今はこの会社にいるけれど来年はわからない。だから今のうちに取れるものは取っておこう』という人は少ないのでしょう」

 持続的な賃上げには、何が必要ですか。

「企業が生産性を上げ、収益を拡大していくことが第一です。企業の稼ぐ力が高まらないと、賃金の原資も増えません。中小企業の賃上げやパート、契約社員など非正規社員の処遇改善が継続的に進むかもポイントになります。非正規雇用の比率は15年で37.4%にのぼっています」

「賃上げが進みやすくなる追い風もあります。有効求人倍率は1倍を上回ると人手不足といえますが、13年11月に1.01倍となり、15年12月は1.27倍と上昇傾向です。人口減少で労働力の不足感が強まり、賃金の上昇を促すはずです」

「個々人が自らの技能を高め、仕事のレベルを上げていく。そうした積み重ねが生産性の向上につながり、賃上げにも結びつくでしょう。そのためにはスキルアップの機会を広げる会社の制度や公共職業訓練制度の充実が大切です。さらに、力量が上がったら、それを武器に待遇の良い会社に移りやすい社会になることも重要です」

ちょっとウンチク


労組の「自制」、40年前にも
 1975年の春季労使交渉は労働組合が賃上げを自制した例として歴史に残る。石油ショックによる狂乱物価の影響で74年の賃上げ率は史上最高の32.9%を記録。それが労組の闘争方針の転換で翌75年は13.1%に急降下し、インフレ抑制に成功した。
 当時、桜田武会長率いる日経連は「大幅賃上げの行方研究委員会」を設け、75年の賃上げ率を15%以下とするというガイドラインを設定。「それには収まるまい」というのが大方の見方だったが、呼応したのが宮田義二・鉄鋼労連委員長だった。「前年実績プラスアルファという従来の要求方式は通用しない」と、賃上げ抑制を提唱。14.9%の鉄鋼回答を目安に、各業界が横並びでガイドライン通りに賃上げを抑え込んだ。
 石油危機という世界経済の激変に、企業が労使協調で対処した。その構図は、中国経済の減速などで経営環境が大きく変わろうとしていることを背景に、労組が賃上げ要求を抑えめにした今年の春季交渉とも通じる。
(編集委員 水野裕司)

今回のニッキィ


安藤 みゆきさん IT関連企業勤務。職場が皇居に近く、都心でありながら出勤途中に野鳥をよく見かける。「非常にぜいたくな通勤時間を毎日、楽しんでいます」
鈴木 朋子さん スポーツ用品メーカー勤務。昨秋から週2、3回のペースで、朝のサイクリングを楽しんでいる。「気分爽快となり、体中が目覚める感じがします」
[日本経済新聞夕刊2016年2月22日付]

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