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私の履歴書復刻版

第27回 過疎地振興と万博「松下館」(下) 松下幸之助(パナソニック創業者)

2012/1/23

松下幸之助 パナソニック創業者

昭和46年4月、日本人の心のふるさとと言われる奈良の飛鳥を、官民相寄って何とか保存しようということで、財団法人飛鳥保存財団が誕生し、私がその理事長を引き受けることになった。私がどうしてこれを引き受けることになったのか、実はこれには次のようないきさつがあったのである。

先年、惜しくも亡くなられたが、当時、私の鍼【はり】の先生に御井【みい】敬三さんという方がおられた。その御井さんが私に鍼をしながらいつも話してくれたのが「日本人の心のふるさととして、飛鳥は永遠に保存しなければならないのに、それが開発の波に押されて今や風前のともしびである。今にして手を打たないと、日本人として後世に悔いを残す」ということだった。

非常に頭のさえた人で、目は見えないけれども、単なる鍼医者とは違った見識をもっていて、飛鳥の歴史に深い関心をもち、時間があれば明日香村へ行き、飛鳥の土に親しみ、その現状について深い憂いをもっておられた。ついつい、つられて聞いているという日常が重なるうちに、私は飛鳥へ行ったことはないが、自然に興味を持ち、共鳴を覚えるようになってきた。

そうしたある日、私は御井さんに「先生、あなたのおっしゃることがよく分かってきた。しかし私は現地に行っていないのでうまく説明できない。だからあなたのその思いを、10分間でいいから録音して説明してください。私は月に1回、佐藤首相に会うから、そのときそれを聞いてもらうことにする」と頼んだ。御井さんは非常に喜んで早速、飛鳥の歴史の意義を説き、このまま放っておいたら古代の面影がなくなってしまう、それは日本人の心を失うことだ。国家的課題として政府もその保存に全力を尽くすべきだ、と切々と訴えたテープを私にあずけた。

そこで次に佐藤首相に会ったとき、「佐藤さん、明日香村の保存についてこんな熱心な人がいるんだが、聞いてもらえないか」といって、関西財界の長老級の方々と一緒にこのテープを聞いてもらった。同席の人々も感銘したが、佐藤さんもまた「なるほどよく分かった。あした、ちょうど閣議があるから、その機会にみんなに聞かせてみよう」といって持って帰られた。その結果、御井さんの思いが通じたのであろうか、閣僚のみなさんも深く感動されたらしい。

早速、関係閣僚が飛鳥に行かれ、佐藤首相も機会を得て自ら飛鳥の地に行き、御井先生の案内で甘樫【あまかし】の丘に立って“政府もやるが、これは国民みんなも守るべきだ”と宣言された。

帰京後、その趣旨にもとづいて直ちに橋本登美三郎氏を会長とする飛鳥古京を守る議員連盟が結成された。しかし細かい運営については政府だけではできないというので、関西財界がお世話することになり、関西の財界人が基金を出し、政府も補助をして、飛鳥保存財団というのが誕生したのである。そしてその理事長には“言い出したのは君だから、松下お前がやれ”ということで、私が仰せつかった。

いざやってみると、これはたやすい仕事ではなかった。しかし日本のためにやりがいのある仕事だと思い、政府や財界、学界など各方面の方々のご協力を得て、保存のための方策を練り、資金を集め、研修所も作ったりなどして、ともかくも懸命にその保存を進めてきたのである。

ところが設立後1年もたたないうちに高松塚古墳の例の壁画が発見されて大騒ぎとなり、飛鳥はいっぺんに天下に知れ渡った。そんなことで大ぜいの人が押しかけてきたのだが、あまりの人に保存に支障を来すようになった。そこで、政府としては本来の古墳はそのままにしておいて一般公開はせず永久に保存するが、保存財団の方で、古墳周辺の土地を買い上げて史跡公園とし、そこに高松塚とそっくりのものを作って、前田青邨【せいそん】画伯にお願いして模写の壁画を展示し、一般の人々に見ていただくということに政府と財団で合議ができた。画伯のご指導のもとに完成した模写は、昭和52年3月高松塚壁画館に展示され、一般公開されている。これもすでに飛鳥保存財団が設立されていたから、できたことである。

日本には2000年の歴史がある。だから日本の古い文化、伝統を大切に保存するということは、今後も国をあげてやっていかなければならないと思う。昨今の国情を思うとき、ますますその感を深くするのである。

この連載は、昭和31年8月および昭和51年1月に日本経済新聞に連載した『私の履歴書』をまとめた本「松下幸之助 夢を育てる 私の履歴書」(日本経済新聞出版社)を再掲したものです。毎週月曜日と木曜日に更新します。文中には今日、差別的とされる語句や表現がありますが、作者が故人であり、作品の発表された時代的・社会的背景も考慮して、原文のまま掲載しました。

[日経Bizアカデミー2012年1月23日付]

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