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私の履歴書復刻版

第22回 経営は芸術、賃金でも欧州抜く(上) 松下幸之助(パナソニック創業者)

2011/12/26

松下幸之助 パナソニック創業者

いわば、“経済国難”ともいうべき不況から、日本経済がようやく立ち直りのきざしを見い出したころ、業界の競争は、いままでとは違った一段と激しい様相をみせてきた。すなわち、1、2年前の不景気のときの競争には、どことなく力の弱いものがあった。たとえば、腹の減っている人びとが相撲を取っているというような姿であったと思う。ところが、そろそろ景気も立ち直ってきたために、いわば腹の減っていた人も相当栄養をとって元気がついてきていた。いわゆる戦闘力が盛んになってきて、お互いに競争するわけだから、相撲そのものにも激しさが加わってくる。したがって、これからは、大いに市場を獲得しようということで、国内といわず海外輸出といわず、非常に力強い競争が起こってくる、と思われた。

そういう激しい競争の中にあっても、松下電器は単に競争そのものにとらわれず、常に何が正しいかを考えて淡々としてその道を歩んでいかなければならない。それは非常にむずかしいことだが、われわれの本来もつ尊い使命を正しく遂行していけば、おのずからできる、必ず知恵才覚も刻々とわいてきて、個々に困難に対処する力も出てくるということを私は信じていた。しかし、一方当時の日本の社会情勢というか、物の考え方に、いささか疑念をもっていたので、私は昭和42年1月10日の経営方針発表会で、社会的なむだ、政治の上のむだ、お互い人間関係の上のむだ、その他国民各階層の活動上のむだを排除して、健全な繁栄の社会をつくり出す必要があると前置きして、次のようなことを話したのである。

「いま日本は、このところへまいりまして非常に反省をしなければならない。根本的に日本国民は反省をする時期に来ているのではないかと思います。いままで戦後20年間は、無我夢中で働いてきた。何とかして日本を再建せねばならないというので働いてきた。しかし、ここへまいりまして、その成果があって多少の余裕が出てきました。ですから、ここらで胸に手を当てて、今後の歩み、活動はどういう姿で進まねばならないかという検討期に立っていると思うのです。その検討期に立って再出発をすることが、きわめて大切ではないかと思います。つまり、そういうような段階に立って松下電器自身を見、そして個々の方策というものを打ち立てていくことが、大切ではないかと思うのです。そういうことを考えますとき、本当に思いを新たにいたしまして、日本の国、将来の世界というようなものを勘案しつつ、松下電器の再出発をするときではないかと思います」。

そして私は、再出発のためには過去の惰性で仕事をすることなく、どこに改善すべき点があるかを考えて、勇敢にメスを入れていくことを強調した。そうすれば、アメリカに負けない繁栄の社会が日本にも実現できるだろう。私はそういう理想をもって進むことの意義を感じたので、さらに言葉を継いで新しい呼びかけをしたのである。

「ちょうど今から7年前に、当時としては画期的な週5日制を発表しました。それは今日成功したのです。今後は、5年先に松下電器は、他との調和を失することなく、松下電器の経営、松下電器の賃金を、欧州を抜いてアメリカに近づけるというふうにもっていきたい」。

欧州の賃金を抜くということは、同時にすべての面で、その賃金にふさわしい生活状態が実現するということである。賃金が上がるということに対しては、みんな興味をもって聞くし、そういう興味というか希望を与えることによって、仕事の生きがいというものが生まれてこよう。だから具体的に賃金もこうなる、製品もそれにつれてよくなっていく、そして日本の国も社会も水準が高くなっていく――そういう一環として会社は存在し経営されるのである。つまり、それは日本の経済界のレベルを一段と高めていくことに通じる。5年でやるためには、会社は何を考えねばならないか、従業員は何をなすべきかが研究検討され、そういう姿が、他の業界、他の会社に、必ずいい影響を与え、そして、産業界に黎明【れいめい】をもたらすことになると思う。私は、そう信じてこの提案をした。

そして、早くも4年後の昭和46年には、松下電器の賃金は、欧州の中でも一番賃金が高いと言われている西ドイツに肩を並べ、5年後には欧州を抜いてアメリカに近づいたのである。

この連載は、昭和31年8月および昭和51年1月に日本経済新聞に連載した『私の履歴書』をまとめた本「松下幸之助 夢を育てる 私の履歴書」(日本経済新聞出版社)を再掲したものです。毎週月曜日と木曜日に更新します。文中には今日、差別的とされる語句や表現がありますが、作者が故人であり、作品の発表された時代的・社会的背景も考慮して、原文のまま掲載しました。

[日経Bizアカデミー2011年12月26日付]

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