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私の履歴書復刻版

第21回 “ダム経営”のもと週5日制へ(下) 松下幸之助(パナソニック創業者)

2011/12/22

松下幸之助 パナソニック創業者

週5日制実施後の初めての休日である4月17日に、私は、特に幹部社員を集めてその意義と心がまえについて所信を述べ、全従業員の自覚と奮起をもって、この週5日制の成果をあげるように呼びかけた。

「これは相当の規模の会社では、初めての試みであり、世間からも注目されています。いろいろ考えてみますと、松下電器全体としては、まだ週5日制に入る十分な体制が整わない半ばで、実施の時がきたという感が深いのです。ですから、きょう5日制に入ったことが誤りであったと言われないために、引き続き相当の努力を要すると考えています。

もう一つ考えなければならないことは、若い社員がふえた1日の休みを、単なる遊びに終わらせないで、経済人、社会人として向上していくための勉強に充てるかどうかです。会社がつきっきりで指導するわけにはいきませんが、導くべきは導き、言うべきは言って、誤りないようにしなければなりません。

経済界は今、非常に悪い状態にあります。毎日のように倒産会社が出ています。しかし、新しい販売制度の改革と、よい製品をつくることによって、思わしくない環境下においても、松下電器の経営は一応安定すると思いますが、外部の大きな変化によって災いされる面が起こってくることも考えられます。2、3年前から私は“経済国難”がくることを警告してきましたが、ちょうどその“経済国難”に直面しているときに、私たちは週5日制を実施するのです。これは容易ならぬことだと思います。

みなさんは、これらの点をよくお考えいただきまして、5日制の先輩国であるアメリカ以上の合理的経営を生み出す決意をもっていただきたいと思います。そして日本を一挙にアメリカに近づけたい。そして日本人、日本国の声価をあげるようにしたいと思います。その先達を松下電器が担うのだという意気込みでやってまいりたいと思います」。

幸いこうした私の決意を全員が理解してくれ、週5日制は、まことに順調に今日まで続いている。

政治でも先手先手をつかんでいかないとだめなように、会社の経営も先手先手を打っていかねばならない。そのことが、全員の理解と協力を生み、一見、夢に思えることでも実現できるのである。

昭和41年のことである。41年というと私の70歳のころで、そのころ何となく肉体の衰えというものが感じられてきた。老化現象というものであろうが、しかし、松下電器の会長としての仕事はいろいろとやらねばならない。だから、肉体の老化は防げないとしても、精神的にはいつまでも若々しくありたい、いつまでも青年でありたい、と強く思うようになったのである。当時の社内誌に、私はこんなことを書いている。

「数年前、僕はある成人式に講演出席して、一堂に会した数千人の若い人たちの姿を見たときに、心の底からその諸君の若さをうらやましいと感じた。そして“もしできることならば、一切を投げうってでも諸君の年齢に返ってみたい”と率直にその時の感慨を述べたことがあったが、ただ単に肉体的に若いというだけではなく、精神的にも、限りない希望に輝き、大いなる理想に向かって力強く前進していくことのできる青春時代というものは、いうなれば人生の黄金時代ということができるのではないだろうか。

だから、僕自身としては、いつまでも若くありたいと思っているわけだが、肉体的に年々歳【とし】をとっていくことは、これは避けることができない。しかし、精神的には何歳になろうとも青年時代と同じように、日々新たな希望にみち、勇気を失わずにみずからの使命達成に取り組むという気持ちを持ち続けることができるはずだ。その精神面での若さというものを決して失いたくないというのが、かねての僕の願いなのである。特に最近の僕の立場としては、たとえ肉体は老いても心は絶対に老いさせないということが、個人的にも必要だし、また周囲の環境からもそれを要請されているのだということを強く感じていたのである」。

まあそんなことで、その年、ちょっとしたヒントを得て“青春”と題した座右の銘をつくった。たまたまそのころ、電力中央研究所長であった松永安左ヱ門さんと話し合う機会があった。松永さんはすでに90歳。耳が遠いので、私も自然声を大きくしなければならず、ずいぶん疲れたけれども、そのときに感じたのは、松永さんは非常に若い精神の持ち主だということだった。話される言葉が非常にモダンだし、識見も高く、知識も豊富である。声を聞いたり顔を見たりしていると、いかにも老人じみているのだが、口をついて出る言葉は非常に若さがあるという感じであった。それで「実は最近こういう青春という座右の銘をつくったのだが、松永さんはまさにこの言葉の通りですな」というと「そらあ、君えらいことだ。君の考え方はいい。大賛成だ」ということになった。

その後、松永さんは早速そのことを大阪のある会社の社長に話されたらしい。その社長から「松永さんからこういうお話をいただきました」といって手紙をよこしてきた。読んでみると、私の例の青春の言葉が書いてある。私は改めて、こんな敏感な人はいない、心の若い人だなあと感服したのであった。

そんなこともあって、私はこの言葉を色紙に筆でみずから書き、額に入れておいたのだが、来る客、来る客みんながそれを見て、ぜひ欲しいという。といっていちいち書いているわけにもいかない。それならいっそのこと、印刷して額に入れて差し上げた方が何かのお役に立つかとも思い、それを全国のナショナルの販売店、販売会社の方々にお配りしたのであった。これはみなさんに非常に喜ばれたものである。

その額入りの銘とは次のようなものである。

青 春

青春とは心の若さである

信念と希望にあふれ、勇気にみちて

日に新たな活動をつづけるかぎり

青春は永遠にその人のものである

               松下幸之助

私は現在85歳。今もなおこの銘を座右におき読み返している。

この連載は、昭和31年8月および昭和51年1月に日本経済新聞に連載した『私の履歴書』をまとめた本「松下幸之助 夢を育てる 私の履歴書」(日本経済新聞出版社)を再掲したものです。毎週月曜日と木曜日に更新します。文中には今日、差別的とされる語句や表現がありますが、作者が故人であり、作品の発表された時代的・社会的背景も考慮して、原文のまま掲載しました。

[日経Bizアカデミー2011年12月22日付]

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