世界のMBA最新事情(前編) なぜ日本は20年遅れているのか?

根来龍之 早稲田大学ビジネススクール教授

根来龍之 早稲田大学ビジネススクール教授
早稲田大学大学院経営管理研究科長予定者の根来龍之氏
早稲田大学大学院経営管理研究科長予定者の根来龍之氏
経営管理修士(MBA)は企業の幹部として活躍するために、実践に役立つ経営知識を幅広く学ぶビジネススクールで取得する資格。だが世界の中で日本のビジネススクールは20年遅れているという。その理由はなにか。MBAの置かれている状況と今後の展望を、2016年4月よりビジネススクールとファイナンス研究科を統合し『早稲田大学大学院 経営管理研究科』として生まれ変わる同経営管理研究科長予定者の根来龍之氏に聞いた。
(インタビュー・文=高島三幸)

――MBAの現状について教えてください。

経営管理修士(MBA=Master of Business Administration)とは、企業の幹部として活躍するために、会計、財務、マーケティングなどのビジネスの実践に役立つ経営知識を幅広く学ぶビジネススクールで取得する資格です。一般に、平日の昼間に授業を行う2年間の全日制(フルタイムMBAプログラム)と、就業後に通う夜間制の2コースがあり、昼間は、転職希望のために大学に戻って来るような比較的若い年代の社会人が目立ちます。夜間は働きながら学ぶビジネスパーソンがほとんどです。

国内外を含め、ビジネススクールと名乗っている団体は1万5000校ほどあると言われています。そのレベルはさまざまで、世界のビジネススクールを格付けしている認証団体も複数あります。その中で最も網羅制が高いとされる認証団体「eduniversal」では、「カリキュラムの国際性」などの独自の判断基準を設け、1000校のビジネススクールを認定しています。

さらにこの1000校を、レストランやホテルを5つ星で判断する“ミシュランシステム”のように、「パーム」と呼ばれる5段階評価で格付けしています。

最も評価の高いのが5つのパームがついたビジネススクールです。その中でも、最高レベルとされるのが、米国のハーバードビジネススクールです。

――世界ではどの国のビジネススクールの評価が高いのですか。

米国でのランキング(「eduniversal」より)多くのビジネススクールが競い合う。ハーバードはダントツでトップだ。

「eduniversal」では世界を9つのエリアに分けて評価していますが、ハーバードビジネススクールを筆頭に、最高評価の5パームがついた認定校が22校ある米国が、最もMBAのレベルが高いエリアになります。

続いて、欧州圏では英国は7校、フランスは6校。アジア圏では、中国が5校、香港3校、シンガポールが2校、インドが2校と続き、日本は慶應義塾大学大学院ビジネススクール(KBS)、早稲田大学ビジネススクール(WBS)の2校のみになっています。

ちなみに日本で4パームがついた学校は、京都大学大学院経済学研究科・経済学部、神戸大学大学院経営学研究科、名古屋商科大学、東京理科大学経営学部、一橋大学大学院国際企業戦略研究科、国際大学国際経営学研究科の6校になります。

「eduniversal」は世界のビジネススクールを網羅的に評価するという特徴を持っていますが、別の「国際認証」を行う評価団体の格付けでは、日本のMBAのランキングはさらに下がるのが実情です。

――MBAを格付けするのにどのような機関があるのですか。

日本のランキング(「eduniversal」より)パーム5には慶応と早稲田が入っている。

世界にはMBAを格付けする三大認証機関を呼ばれる団体があります。1つは「AACSB(The Association to Advance Collegiate Schools of Business)」という団体で、米国フロリダに本部を持ち、世界42カ国、687校のビジネススクールを認定しています。2つ目は「EQUIS(European Quality Improvement System)」という団体で、ベルギーのブリュッセルに本部があり、世界38カ国で138校の学校を認定しています。3つ目は「AMBA(the Association of MBAs)」という団体で、英国ロンドンに本部を持ち、世界47カ国で201校を認定しています。

また、ビジネススクールのトップとされる学校はこの3つの団体から評価され、国際認証の認定をもらっています。この3団体から認定されると、「トリプルクラウン」と呼ばれ、勲章のようにビジネススクールの格付けでトップという認識になり、一時期話題になりました。

中国でのランキング(「eduniversal」より)

アジア圏では、中国の北京大学、清華大学、シンガポールのシンガポール国立大学、香港の香港大学や香港科技大学、香港中文大学などが「トリプルクラウン」の称号を持っています。

ただ、この3つの国際認証を取得するには、あらゆる面倒な手続きが必要で、費用もかかるため、3つ獲得するのはかなり困難です。そこで最近は3つの獲得にこだわらない大学も増えています。

――国際認証はどういった基準で定められるのでしょうか。

ハーバードビジネススクールのホームページ。ハーバードはホームページには記載がないが、当たり前のように「AACSB」の認証を取得している。

この国際認証は、教員の数、教員の国際性、つまり研究実績や海外ジャーナルなどで執筆している実績など、カリキュラムの国際化、つまり国際経営などの科目の充実、学生の国際性など、30ほどの基準から評価されます。

日本では慶応義塾大学がAACSBとEQUISの認証を持っています。名古屋商科大学はAACSBとAMBを持っています。このほか、日本でこの国際認証の基準に達しており、近く認証を獲得しそうな学校は、早稲田大学、立命館アジア太平洋大学(APU)、一橋大学などです。

これに比べて、米国のトップ100に入るビジネススクールでは、当たり前のように「AACSB」を持っています。

日本は多くの学校でMBAを取得することができますが、国際的に見ると必ずしもレベルが高いとは言えないのが現状です。

――なぜ高い評価を受ける学校が少ないのでしょうか。

その理由の1つに、日本の「労働市場(雇用形態)」が挙げられます。終身雇用制が主流の日本は海外に比べ、新卒で入社してから1つの会社に長く働くケースがまだまだ多い。

MBAを取得するメリットの1つは、中途で入社し、経営幹部としてすぐに活躍し、新たな会社でキャリアを積むことができるという点です。しかし、日本のような社歴が長い人が経営幹部になるような労働文化では、中途採用から経営幹部に入って活躍できる例がまだ多くはありません。従って、中途採用で経営幹部になれる市場が他国に比べて大きくないのです。

ビジネススクールが盛んなエリアや国は、“経営幹部の中途採用市場が大きい国”ということになります。そのため、中途採用市場が大きい米国や中国、シンガポール、香港はビジネススクールが発展し、中途採用市場が小さい日本やドイツはビジネススクールが発展しにくいため、レベルの高い学校が少ないのです。

もちろん、社内で昇進し経営幹部として活躍することを目的に、企業からビジネススクールに派遣されてMBAを取得するケースもあります。しかし、教育予算が少ないなどの理由で、“企業派遣“は減少傾向にあり、一番多かった時期に比べると2分の1ほどに減っていると言われています。

――なぜ海外のビジネススクールで学ぶ人が減少しているのですか。

1980年代の「第一次グローバル化時代」と呼ばれれていた時代は、将来の幹部候補を育てるために海外のビジネススクールに企業派遣していた会社も多かったのです。ハーバードビジネススクールにも、年間20人ほどの日本人学生がいました。しかし、現在は5人前後と激減しています。しかも、そのうち企業派遣は3人程度です。

企業の派遣意欲が減ったことに加え、個人で入学しようとすると、生活費も含めて年間2000万円近くの費用が必要になります。企業派遣でなければ、情熱はあってもお金がなくて行けないのが実情です。

そんな訳ですから、たとえ優秀でも海外のビジネススクールでMBAを取得するのは難しい時代になってきています。日本に労働市場がない中で、お金をかけて海外のビジネススクールに学ぶという意欲を持つ人は少ないからです。

一方で日本でMBAを取得した優秀なビジネスパーソンは多いのですが、そのことに理解がある企業の数はまだまだ多くありません。

MBAホルダーを雇用し、「雇用してよかった」と思う企業が増えれば、MBAホルダーが活躍しやすい労働市場が広がり、評価も変わるでしょう。

あるいは、「活躍を評価して役員に昇進させたらMBAホルダーだった」というケースが増えればいい。既にそうした大企業もあります。日本のビジネススクールは海外に比べて20年以上遅れていると言われていますが、私は後者の展開を期待しています。(後編に続く)

根来 龍之(ねごろ・たつゆき)
早稲田大学ビジネススクール教授

1952年三重県生まれ。京都大学文学部社会学専攻卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。鉄鋼会社、英ハル大学客員研究員、文教大学などを経て現職。2003年より早稲田大学IT戦略研究所所長、2010年から早稲田大学ビジネススクール・ディレクター(統括責任者)も務める。ITと経営、ビジネスモデルなどを研究テーマとする。

◇主な著書:
『事業創造のロジック』(日経BP社) 2014年
『プラットフォームビジネス最前線』(翔泳社) 2013年
『代替品の戦略』(東洋経済新報社) 2005年

[BizCOLLEGEから転載、日経Bizアカデミー2016年2月17日付]

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