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企業再生にあたって重要なのは事業やそれを支える人材の再生であって、会社そのものの救済ではありません。前回、述べたように日本では変革を回避して現状を維持しようという力が強く働きます。なぜなら、日本では一度道を外れたら復活できないイメージがあるためです。そのため日本の企業も人もなかなか負けを認めたがりません。

そうして何とかそのまま存続しようとするのでゾンビ企業が多数出現してしまいます。ゾンビ企業には人材や技術が閉じ込められたまま、じわじわと沈没していくことになるのです。すなわち、日本では企業も人材も新陳代謝が決定的に不足しているのです。

ウイリス・タワーズワトソン タワーズワトソン株代取社長 大海太郎氏

ウイリス・タワーズワトソン タワーズワトソン株代取社長 大海太郎氏

それでは、いかに変革をして新陳代謝を実現するか。一つには破綻からの企業再生や合併・買収のような非日常的な状況に伴う危機感を最大限に活用して非連続的な変化を起こすことです。

もう一つは外部規律が働く仕組みを整えることです。前回、日本企業がいかに高度成長期に過剰適応したシステムを完成させたかについて述べましたが、外部規律が働きにくい仕組みも同時につくり上げています。サラリーマン社長でいつまでも居座るような人が存在するのは、それを可能にする仕組みになっているからです。つまり、ガバナンスがないのです。

現在、注目を浴びているコーポレートガバナンスの重要性について、当時から本書では指摘しています。ガバナンスに関して最も重要なテーマは、企業のトップの指名と罷免にあると冨山氏は言い切っています。

いかにトップを選び、どのように裁量権を与え、どのような時にクビを切るか、という点に統治機構の良しあしは集約されます。そして、企業が掲げる理念や哲学とそれらを実現する手段としてのガバナンスが整合的にそろって機能することが、急速に変化する経済環境の中で会社を腐らせずに持続的に発展させる条件となるのです。

ケーススタディー ガバナンスの整備

日本のハイテク大手企業2社、A社とD社の部門を統合して発足した新会社Eの社長に外部から招へいされて就任したF氏は、出身母体にとらわれることなく主要人事を決定し、新会社のビジネスにベストだと思われる新体制を発足させました。

社内には「どうやら新会社はA社ともD社とも違うカルチャーになるようだ」という雰囲気が当初から行き渡りました。勝手が違うことから、緊張する社員や場合によっては不満を持つ社員もいる一方で、多くの社員はこれから自分たちが新しい会社でビジネスを形作っていくのだという高揚感を感じながら、それぞれの業務に取り組んでいました。

F社長は次にガバナンスの整備に着手しました。E社発足当初は、F氏以外は旧A社と旧D社出身の同数の取締役から取締役会は構成されていました。F氏はまず、株主代表としてA社とD社から受け入れる取締役は1人ずつのみとしました。その上で内部の取締役は自分一人として新たに外部から独立の社外取締役を4人受け入れて、社外取締役が過半数を占めるようにしました。

4人のバックグラウンドは多彩で、グローバルな業界経験が豊富な人、合併会社を経営したことがある元経営者、M&A(合併・買収)のスペシャリスト、内外の企業に対するアドバイスをしてきている元コンサルタント、といった具合です。

同時に指名委員会と報酬委員会を立ち上げ、自分を含む経営陣の実績に対する評価と処遇を外部に委ねる枠組みを整えました。指名委員会では、自分の後任の育成と選任に向けてサクセッションプランニング(後継者育成計画)に着手しました。役員に求められる期待役割と人材要件を明確にするとともに、選定基準と選定プロセスを策定して内外に公表しました。

報酬委員会では、経営陣がE社の価値創造と成長のために適切なリスクテークができるように、業績に連動する賞与と長期インセンティブを設定し、株主をはじめとするさまざまなステークホルダーと利害が一致するような工夫をこらしました。これは今までのA社とD社のガバナンスとあまりに異なる形態だったことから、E社の社員を含めて周囲からは驚きの目で見られることになりました。

コーポレートガバナンス・コードとは

2015年に金融庁と東証により、コーポレートガバナンス・コードが策定されて15年6月から適用になっています。日本企業の収益性が低いのはガバナンスに問題があるのが一因ではないかという海外投資家の声が以前からありましたが、このような声に対応すべく、安倍政権は成長戦略の一環としてきわめて短期間に企業側の統治指針としてコーポレートガバナンス・コードを取りまとめました。

冨山氏は同コードの原案をとりまとめた有識者会議のメンバーとして本書で書かれている内容を主張され、コードに反映させています。なお、この1年前には投資家側の指針としてスチュワードシップ・コードも制定されています。今回のケーススタディーは、コーポレートガバナンス・コードの策定により、導入が期待されるガバナンスの一例です。

コーポレートガバナンス・コードの狙いは本コードの序文を読むとよく理解できます。序文に「コーポレートガバナンス」は次のように定義されています。「会社が、株主をはじめ、顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」 また、当コードにより、「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のための自律的な対応が図られることを通じて、会社、投資家、ひいては経済全体の発展にも寄与する」ことが期待されています。

ここからわかるようにガバナンスとは決して不祥事防止のための守りだけでなく、むしろ企業の適切なリスクテークを後押しする仕組みなのです。「攻めのガバナンス」と称されるゆえんです。同コードは法律的に強制力のある指針ではありませんが、スチュワードシップ・コードにより投資家側からの健全なプレッシャーがかかることにより、中期的には日本企業が大きく変貌するきっかけになるでしょう。

大海太郎(おおがい・たろう)
ウイリス・タワーズワトソン・グループ タワーズワトソン代表取締役社長
日本興業銀行にて、資産運用業務等に従事した後、マッキンゼー・アンド・カンパニーにおいて本邦大手企業、多国籍企業に対して経営全般の様々な課題についてアドバイス。2003年に当社に入社し、2006年よりインベストメント部門を統括。これまで日本の年金基金を中心とした機関投資家向けにガバナンスの構築や運用方針の立案や実施、運用機関の調査・評価に携わり、業界の発展に尽力。2013年7月より現職。公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。東京大学経済学部卒業。ノースウェスタン大学にて経営学修士(MBA)取得。ファイナンス専攻。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

[日経Bizアカデミー2016年3月1日付]

会社は頭から腐る―あなたの会社のよりよい未来のために「再生の修羅場からの提言」

著者 : 冨山 和彦
出版 : ダイヤモンド社
価格 : 1,620円 (税込み)

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