変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

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本書は2007年に書かれました。タイトルは刺激的ですが、内容はバブル崩壊後、低迷していた日本企業が復活するための的確な処方箋となっています。それから10年近く経過していますが、日本企業に対する本書の提言は、企業の不祥事が相次ぎ、コーポレートガバナンスが取り沙汰されている今こそ、読んでいただきたい1冊です。

経営は集団としての人間を一つの事業目的に向けて有機的に結合させ、機能させることで成り立っていきます。どんな人にも働く目的や欲求などのインセンティブがありますので、これを組織の方向と一致させることが鍵となります。同じ方向を向いて進む組織の力は個々人の能力の違いなどを超越してしまうようなパワーを生み出すのです。

ウイリス・タワーズワトソン タワーズワトソン株代取社長 大海太郎氏

ウイリス・タワーズワトソン タワーズワトソン株代取社長 大海太郎氏

日本企業、特に大企業で顕著ですが、このインセンティブと組織の方向性が一致していないケースが多く見られます。多くの企業で意思決定や仕事の遂行にあまりにも多くの人間が関わる仕組みになっています。結果的に、企業としてどう利益を生み出すかよりも、いかに内部の調整をうまく進めるかしか考えなくなってしまいます。

個人でリスクを取って仕事に成功したとしても、巨額のボーナスをもらえるわけでもなく、社長への道が約束されるわけでもありません。逆に失敗すれば相当の罰点になり、それが一生つきまとうことになってしまいます。このような仕組みのもとでは、優秀なサラリーマンほど組織力学のマネジメントに知恵とエネルギーを使うのです。

組織として目指す方向に社員全員が向かうには、社員それぞれの腹に落ちるようなコミュニケーションが重要です。経営が送り出すメッセージに、ただちに心から反応し、動機づけられて行動する人間は多くありません。難しい制度論や戦略論をいじくりまわすことよりも具体的な人事一発の方が人々の心に桁違いのインパクトを与えるのが現実の経営なのです。

ケーススタディー 「日本企業の低迷」

A社は、1980年代後半のバブル期に絶頂を迎えていた大手ハイテクメーカーです。当時は売り上げ、利益ともに右肩上がりでした。社員も士気高く、仕事に励んでいて、さらなる成長を目指して会社は多額の投資を行って本業をさらに強化するとともに、多角化を進め、新規事業を始めたり、異なる分野の会社を買収したりしていました。誰もがA社の繁栄はいつまでも続くものと疑いもしなかったのです。

ただし、営業部の課長だったB氏はふと疑問に思うことがありました。売り上げ、利益ともに伸びていたものの、自己資本利益率(ROE)や総資産利益率(ROA)等の効率性を示す指標は横ばいないしは低下傾向にあったのです。また、社内では「○○企画部」や「××推進本部」と言った直接ビジネスに携わらない部署が増え、「担当部長」や「特命室長」といった肩書の社員が増えていました。

当時、B氏を含む社員の誰もが熱心に朝早くから夜遅くまで働いていました。管理職でなければ、その分、残業手当もつくので、社員としてもむしろ率先して長時間働いていました。ただB氏が課を挙げて新規に数億円の大口の案件を獲得した際には、特にボーナスが大きく増えた訳でもなく、昇進に直結したわけでもありませんでした。

部長にその旨を尋ねてみると「会社は長期に物事を見ている。大口案件を獲得してもボーナスは増えないが、そのぶん実績が不調だった期でもボーナスを大幅に減らすことはしない」とのことでした。B氏はそれではたして皆、がんばるのだろうかと思いましたが、当時は日本の長期的経営が日本企業の成功の秘密と言われていて、現実に会社としてはうまくいっていたので、反論することもできませんでした。

また仕事の中身として、いわゆる内部調整に費やす労力や時間が一段と増えていました。会議の数は増え、同じようなメンバーが日中、何度か会議で席を共にすることも珍しくありませんでした。20人以上出席するような会議も数多くあったのですが、そのような会議で発言するのは事務方の担当者と最後に一言話す部長以外はせいぜい1人か2人というケースも少なくありませんでした。他の大勢の出席者はじっと話を聞いているだけであればまだ良い方で、ほとんど居眠りしている人もいたのです。そのような場で決まって盛り上がるのは間近に迫った人事異動で誰がどこに行くかの噂話でした。

「個人と組織の方向性を一致させるには」

A社のようなケースは残念ながら、過去に日本の大企業によく見られた状況です。このような状態に陥らないようにするにはどうすべきなのでしょうか。

ひとつのやり方は、個人と組織の方向性が否が応でも一致するぐらいに小さい単位に組織を分けてしまうことです。これはまさに名経営者と言われる稲盛和夫氏の「アメーバ経営」です。詳細は稲盛氏の著書である「アメーバ経営」や他に多数出版されている関連書を読んでいただければと思いますが、簡単に説明すると、大きくなった組織を「アメーバ」と呼ばれる小さな集団に分けて独立採算制を導入することで、社員ひとりひとりが採算を考えて、いかに自分の「アメーバ」が利益を上げるかに全力投球するようにします。全てのアメーバの合計が組織全体ということになりますので、社員が全員、組織のために利益を上げるという同じ方向を向いて仕事をすることになります。

大組織の問題点は、個人の成果や失敗が組織に与える影響をわかりにくくすることです。真面目で勤勉な日本人は一般的によく働きますが、どこかで、「と言っても、自分が失敗しても会社がつぶれるわけではないし」という思いを無意識に抱えがちです。ベンチャー企業や中小企業の「今期、自分がこれだけ稼がなければ会社が存続できないかもしれない」という切実さに比べると、最後の最後の部分で真剣味が足りないと言わざるを得ません。また、自分が必死にやっていることがそもそも会社の方向性と異なるということにも気づきにくくなります。結果として、全員が頑張っているようで、どこか究極の真剣味に欠け、場合によってはそもそも無駄な努力や不必要なことをやってしまっているということになりがちです。

冨山氏が本書を執筆したのは、産業再生機構の最高執行責任者(COO)として41社の支援決定に携わっていた時期の直後です。それまでも、世界的なコンサルティング会社や自ら設立に加わったコンサルティング会社において、日本企業のコンサルティングや企業再生を行っていましたが、カネボウや三井鉱山(現・日本コークス工業)をはじめとする産業再生機構での企業再生の経験を通じ、日本企業に共通する「病理」を目の当たりにし、その問題の本質を痛感したのでしょう。本書を通じて冨山氏が訴えているのは、優秀で真面目な日本人が勤勉に働く「一流の現場」を有する多くの日本の大企業が「三流の経営」によって苦境に陥ってしまうのはなぜなのか、これを防ぐにはどうすべきかということです。

大海太郎(おおがい・たろう)
ウイリス・タワーズワトソン・グループ タワーズワトソン代表取締役社長
日本興業銀行にて、資産運用業務等に従事した後、マッキンゼー・アンド・カンパニーにおいて本邦大手企業、多国籍企業に対して経営全般の様々な課題についてアドバイス。2003年に当社に入社し、2006年よりインベストメント部門を統括。これまで日本の年金基金を中心とした機関投資家向けにガバナンスの構築や運用方針の立案や実施、運用機関の調査・評価に携わり、業界の発展に尽力。2013年7月より現職。公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。東京大学経済学部卒業。ノースウェスタン大学にて経営学修士(MBA)取得。ファイナンス専攻。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

[日経Bizアカデミー2016年2月16日付]

会社は頭から腐る―あなたの会社のよりよい未来のために「再生の修羅場からの提言」

著者 : 冨山 和彦
出版 : ダイヤモンド社
価格 : 1,620円 (税込み)

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