変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

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ファーガソンはスター選手を擁する名門サッカーチームを四半世紀以上にわたり率いた秘訣を、こう記しています。

「私が観察力を備えていたのは幸いだった。世の中には部屋に入っても何ひとつ気づかない人間がいる。自分の目を使うのだ。すべては目の前にある。私はそのスキルを使って、選手の練習態度や気分、行動パターンを把握した」

昨年話題となったテレビドラマ「下町ロケット」で阿部寛が演じた熱血社長が共感を呼んだこととも重なりますが、部下から尊敬され信頼されるには、しっかりとしたビジョンを持ち、部下を把握し、真摯に接することが洋の東西を問わず要なのでしょう。

ファーガソンは若手の育成にも意欲的でした。特に有名なのは「ファーガソンのひな鳥」と呼ばれたデイヴィッド・ベッカムらマンチェスター・ユナイテッド・アカデミー出身者たちで、彼らは1999年の三冠獲得に貢献しました。ファーガソンは生え抜きの選手たちをユナイテッドの象徴と評し、「コーチングスタッフに育成の価値を教えてくれる存在であり、若い選手たちの憧れだった」と記しています。

もちろん生え抜きの選手だけでチームが構成されていたわけではなく、他のチームから即戦力となる選手を獲得してきたわけですが、それは長期的視野に立ってチームを運営するセンスにたけていたと言えるでしょう。

企業を経営するうえでも、新卒で採用して教育し、愛社精神を持つ生え抜きの従業員として末永く勤めてもらうのは理想です。しかし、時には転職など従業員の新しい門出を気持ちよく見送らなければなりません。

また、業務経験や得意分野、年齢層のバランスをとるため中途採用も行います。企業のリーダーも、個々人をよく見て個性を引き出し、それを生かせるように布陣を組んで指揮することは、まさにスポーツチームの監督と同じなのです。

ケーススタディー リーダーはガイド?

ファーガソンは本書でリーダーシップについて次のように記しています。

「選手にあっさりと『この監督はダメだ』と思わせるようなことをしてはいけない。監督の知識に対する信頼が損なわれれば、監督自身への信頼も損なわれる。事実はできるかぎり正確に把握しておかなければいけないし、選手に話をするときもあいまいではいけない」

「選手が監督に強さを求めるのには理由がある。メリットがあるのだ。彼らはこんなふうに考える。

 1、この監督は自分たちを優勝に導いてくれるだろうか?
 2、自分を成長させてくれるだろうか?
 3、自分たちを守ってくれるだろうか?」

名門サッカーチームの名将としてよく引き合いに出されるのは、チェルシー(英)、インテル(伊)、レアル・マドリード(西)など欧州の強豪クラブチームを指揮し、勝利をもたらしてきたポルトガル人監督ジョゼ・モウリーニョでしょう。モウリーニョもファーガソン同様、選手としての功績を残していないにもかかわらず(というより、モウリーニョはプロ選手としての経験はなく、サッカーチームとのかかわりは通訳スタッフとしてでした)、監督として大成した人物です。

モウリーニョについてかかれた本(ルイス・ローレンス著「モウリーニョのリーダー論」)の中では、リーダーとは何かについて以下のような彼の発言が紹介されています。

「リーダーがすべきことは、命令を下すことではない。ガイドすることだ」

「選手たちの可能性を摘み取りたくない。個人レベルでもチームとしても可能性を広げてやりたい。だから、可能な限り自分の視点や考えは出さないようにしている。そしてチーム運営に柔軟性を持って、ここを受け入れるのもオレの仕事だ」

外部から招へいされるとプロの経営者か

本稿を執筆中に、モウリーニョが2度目に就任したチェルシーFCを再度解任されたと報道されました。モウリーニョはどうやら、在任3年目には選手やオーナー、サポーターとの不和や対立により成績を悪化させる傾向にあるようです。実際、解任が発表される1カ月以上も前に、チェルシー史上最高の選手と称されモウリーニョのまな弟子とも言われる元コートジボワール代表ディディエ・ドログバが「3年目のジンクス」の存在を認め、求心力の低下を示唆したことも話題になりました。

モウリーニョは2~3年ごとにチームを渡り歩き、そのつど選手や戦略を「変えて」チームを率いてきた優勝請負人型の監督ですから、ファーガソンとはそもそも違うタイプと言えるでしょう。

欧米では業種を問わず様々な企業を渡り歩き再建・成長させる、いわば請負人的な企業経営のプロが少なくなく、日本でも昨今"プロ経営者"という言葉で認知されつつあります。これからは生え抜きよりもプロ経営者の時代、という論調の記事を見かけることも増えました。しかしながら、私が以前から疑問に思っていることが一つあります。外部から招へいされると"経営のプロ"と言われますが、内部昇格だとそうは見なされないのか?という点です。

もちろん、内部昇格であれ外部からの招へいであれ、経営のプロフェッショナルと言われる方は大勢いらっしゃるし、そうとは呼べない方もいらっしゃいます。今日、プロ経営者がもてはやされるのは、企業の内部に"今"必要な経営人材が見いだせないということがあるのかもしれません。

転職の垣根が低い欧米では、とある企業のNo.1がいつまでも退かないので、No.2のポジションにいる人が、自分の"旬"が過ぎる前にライバル企業のトップに就任することがあります。こうしたNo.2タイプの人は、例えば、ある事業部門のトップとしては経営能力を証明できていて、事業部門を束ねる全社のNo.1になり、トップ経営者となる。この場合、"経営のプロ"などとはまだ呼ばれないでしょう。

レガシーを残すファーガソン型経営

日本企業の場合、企業全体を経営することを目指して人が育てられていない、それほどの気概をもってキャリアを歩んでいる人もそれほど多くないという事かもしれません。それで、社長になって初めて会社全体を経営することの大変さに気付くのです。欧米、特にアメリカ型経営では、日本と違って経営陣とオーナーや株主がはっきりと分かれているため、最高経営責任者(CEO)をトップとする執行役員が、株主の代理人からなる取締役会から信任されて経営権を任され、業務を行っているわけです。そのため、企業経営のプロが存在し、キャリアの選択肢の一つとなり、MBAなどで経営について体系的に学ぶことができるのです。

さて、サッカーの話しに戻しますと、ファーガソンはマンチェスター・ユナイテッドの監督に就任してからは、"マンU"一筋、四半世紀にわたってチームを指揮してきました。監督としてのキャリアの中で、指揮したチームの数は多くはないものの、"プロ"の監督と誰からも認められ尊敬される存在です。

長期的な視点に立ち、(マンチェスター・ユナイテッドの文化とも伝統ともいえますが)選手を育成し、その過程で若いプレーヤーにチャンスを与えるという方針を貫くことで、チームを内部から強化し、トレードや巨額の契約金で世界中から集めた"単なるスター選手集団"以上の価値を持つチームを築き上げたのです。

一方、モウリーニョは、最初の1~2年はチームを優勝させることができるものの、3年目には"魔法"がとけ、チームが瓦解して、お金で集めた選手の「和」未満のチームとなってしまうのでしょう。短期的な成果を示す優勝請負人としてはプロで、自分自身の市場価値を高めることにはたけていますが、モウリーニョが去った後で選手やチームは新しい監督の下、マイナスから始めなければなりません。ファーガソンとの違いは、チームにレガシーを残せていないことです。

数発の花火を打ち上げるだけではなく、チーム(組織)や選手個々人の価値を高め、継続的な強さをもたらすファーガソン型こそ企業経営者の望ましい姿であると私は思うのです。自分が去るときに、自分が着任した時よりも良い会社にして次の人に渡すのが良い経営者なのです。

岸田雅裕(きしだ・まさひろ)
A.T. カーニー株式会社日本代表
東京大学経済学部卒業、ニューヨーク大学スターンスクールMBA修了。パルコ、日本総合研究所、米系及び欧州系経営コンサルティング会社を経て、A.T. カーニー入社。専門は消費財、小売、外食、自動車など。著書に「コンサルティングの極意」がある。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

[日経Bizアカデミー2016年1月26日付]

アレックス・ファーガソン自伝

著者 : アレックス・ファーガソン
出版 : 日本文芸社
価格 : 2,484円 (税込み)

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