「エキナカ」の鎌田さん カルビー転職でびっくりカルビー上級執行役員 鎌田由美子氏(上)

JR東日本のエキナカ事業の立ち上げ人として有名になった鎌田由美子さん。25年間勤務したJR東日本を退社し、2015年2月からカルビーの上級執行役員になりました。華麗なる転身の背景にはどんな思いと決断があったのでしょうか。

カルビーのオフィスを訪問すると、その見通しの良さに驚かされる。壁はなく、ところどころに低い仕切りがあるだけ。中央の窓際に役員用のスペースがあり、社長と会長の席だけは決まっているが、あとは全員がフリーアドレスだ。

出社すると、従業員はまず機械に従業員証をかざす。コンピューターの画面に「ソロ」「コミュニケーション」「集中」という3つのカテゴリーが表示され、目的に応じたカテゴリーと使用時間を選択すると、その日の席を指定される。同じ席に座っていられるのは最大5時間。座る場所も隣で働く仲間も、日々、変化する。

役員が使う会議室はガラス張りだ。深刻な顔でやりとりしていたら、すぐに「何かあったな」と従業員に気付かれてしまう。

――鎌田さんがカルビーに来られてから約半年間が経過しました。JR東日本と比べて、だいぶ企業文化は違いますか?

違いますね。男女比率はほぼ半々で、外国籍の社員も多い。女性管理職比率に関しても「2020年までに30%達成一番乗り」と宣言している通り、2015年4月時点で19.8%。男性も女性も関係なく重要な仕事を任せていますし、課長や部長の権限も明確で驚きます。

役職にかかわらず、全員が「さん」付けで呼び合いますし、椅子に座ってばかりいると「もっと外へ」「お客さんのところに行きなさい」と言われる。そもそもフリーアドレス制ですから、自分の部下が出社しているかどうか、もよくわからない(笑)。会議も本当に少ないんです。

――管理しない社風なんですね。

管理するのは結果です。だから、全員が「コミットメント&アカウンタビリティー(約束と結果責任)」、つまりは自分が達成したい目標と結果責任を文書にして提出し、上司と話し合いながらそれを決めます。目標の達成度合いによってもらえるボーナスの額もかなり違いますね。

カルビーに来て、海外との敷居も低くなりました。私の直属の部下にも2人、外国人がいます。国籍はたまたま2人とも中国。社内横断プロジェクトも担当していますが、そこは6人中4人が外国人です。JR東日本の時は外国人と仕事をする機会はまずありませんでしたから、その点は日々、新鮮です。

友人の死で残りの人生を考えた

――鎌田さんと言えば、JR東日本でエキナカ事業を立ち上げ、順風満帆なキャリアを歩んでおられると思っていました。突然の転身に驚いた方も多いと思いますが、どうしてカルビーに転職しようと思ったのですか?

2年前に研究所に異動して、論文と向き合う生活になりました。そんな時、たまたま親しい友人を亡くし、「死」というものを身近に感じました。それまでも60歳以降にどんな人生を送ろうかと漠然と考えてはいましたが、人間、いつ死ぬかもわからない。だったら、残りの人生をもっと現場に出て、いろんな人と触れ合いながら学びたいなと改めて思ったんです。そんな時、カルビーの松本さん(松本晃会長)から声をかけてもらい、以前からメーカーでものづくりをすることにも興味があったものですから、思い切って転職しました。

新規事業が「日常」の一部になるのが理想

――現在はカルビーでどんなお仕事を担当されているのですか?

大きくは2つです。事業開発本部の本部長として1つは「カルビープラス」のアンテナショップを統括しています。ここからのビジネスを拡大したいと思っています。もう1つは新規事業の開発。そこはJR東日本時代と変わらないチャレンジングな部分です。

ー―米「カタリスト」の調査によれば、日本企業の女性役員比率は先進国中最下位の3.1%。アメリカ19.2%、イギリス22.8%と比べてもダントツの低さです。役員というステージになって、何か変わったことはありますか?

それが、あまり変わっていないんです。うちの伊藤(伊藤秀二社長)がよく、「どのような役職も、その機能を全うすることを求められるだけで、その人が決して偉いというわけではない」と言います。課長という役職が付いても、それは課長という仕事を命じられただけで、課長以下の人より偉くなったわけではない、と。私もこの考え方に賛成です。

(フリージャーナリスト 曲沼美恵)

鎌田由美子(かまだ・ゆみこ)
カルビー上級執行役員
1989年4月、東日本旅客鉄道(株)入社。大手百貨店出向や駅ビル等勤務をへて、2001年より「立川駅・大宮駅プロジェクト」リーダーとしてエキナカを手掛ける。2005年「ecute」を運営するJR東日本ステーションリテイリング代表取締役社長。2008年より本社事業創造本部にて「地域活性化」「子育て支援」を担当。駅型保育の拡大や六次産業化としてのシードル工房青森「A-FACTORY」、越後湯沢駅改良、地産品ショップ「のもの」等を手掛ける。2013年JR東日本研究開発センターフロンティアサービス研究所副所長。2015年1月東日本旅客鉄道(株)退社。2015年2月より現職。株式会社ルミネ非常勤取締役、みちのく銀行社外取締役

〔2015年9月10日公開の日経Bizアカデミーの記事を再構成〕

ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら
出世ナビ記事アーカイブ一覧